6 ちいさな敵襲③
光った空から、灰色のゴツゴツした物体が落ちてくる。
「……来たわね」
星のカケラ。
三角柱と円柱と直方体をぐちゃぐちゃにくっつけたような、歪でおかしな形。しかし先ほどセレンが持っていたものより何倍も大きく、その直径は二メートル弱もある。
「今回は小さいですね。セレンが言っていた通り、戦闘も小規模で済みそうです」
空を見上げてシィルが呟いた。
直径が二メートル弱でも、『大きな星のカケラ』と呼ばれるものの中では小さい方なのだ。
ほのかに青く光るカケラは、リィゼア達の目の高さまで降りてくるとスピードを落とし、ふわりと着地した。まるで、地面を傷つけまいと意思を持って動く生き物のようだ。
その大きなカケラにピシピシピシッとヒビが入るのを、リィゼア達は数十メートル離れたところから静かに見守る。
緊張感で張り詰めた空気は重い。
リィゼアは目だけで辺りを見回した。カケラを囲んであちこちに散る騎士達の姿が見える。
(騎士達には少しの犠牲も出させたくないわ。敵はわたくしが片付ける)
「行ってきます、シィル」
言うが早いか、リィゼアは地を蹴った。
「っはい?! あなたという人はいつもいつも!」
シィルが叫ぶ声が背後から聞こえるが無視する。
落ちてきた大きなカケラをめがけて走りながら、軍服のポケットから手のひらサイズの剣を取り出した。それをきゅっと握りしめると、たちまち大きくなり、一振りの大剣へと変わる。
リィゼアの愛剣、フェルナ。柄に握りこぶし大のダイヤモンドがついた、サイスフォリア王国の国宝である。
フェルナはサイスフォリア建国時からあるといわれる伝説の剣だ。
星のカケラからできていて、剣に選ばれた使い手が握って念じれば大きくなったり小さくなったりするので、持ち運びにはもってこいの剣である。
……なんて言ったら、シィルに「国宝をそんな雑に扱わないでください、姫」なんて呆れ顔で言われるのだろうけど。
数十メートルあった距離をあっという間に詰め、リィゼアは剣を握り直した。チャキリという鋭い音とともに、銀の刃が月色に光る。そのまま勢いを殺さずに、一歩深く踏み込んだ。大きく跳躍する。
カケラに入ったヒビが徐々に広がり、――崩壊した。
中から現れたナニカが動き出す前に、リィゼアは手に持った剣を振り抜く。
たった一瞬。
瞬きひとつの間に、そこにあったあるいはいたはずのナニカ、その全てが消え去った。
仕事を終えたフェルナを携え、リィゼアはガラガラと崩れゆくカケラを飛び越えて静かに着地する。
その背後で、月のような銀色が、まるで花の蕾が開くかのように爆ぜた。
リィゼアは振り返り、それを見届けて一言。
「……雑魚かった」
こんなのは戦いのうちにも入らない、と。
(こんなに弱いなら哨戒班の新人騎士に戦わせて経験を積ませておくのもアリだったわね。いいえ、でも余計な疲労は必要ないわ。やっぱりわたくしが出て正解――)
「ひーめ?」
「ひゃあっ?!」
突然、首筋に息を吹きかけられた。
くすぐったさと驚きに振り向くと、そこにはにこにこ笑顔のシィルが。
リィゼアの全身から冷や汗が吹き出した。
この後言われる言葉ならわかっている。なのでリィゼアは全力で言い訳を始めた。
「あのね今のは敵が弱いってわかっていたからやったことだし違うのよこれは別に独断専行じゃ、というかわたくし総帥だから独断専行も何もないわよねわたくしの意思が守星軍の意思よね」
「変に自己完結しないでください、姫」
声に呆れを滲ませて見下ろしてくるシィル。
くうぅ、この身長差、どうにかならないものか。従僕に見下ろされるなんてだめよ主人が見下ろさないと。……なんてそんな現実逃避は今はどうでもよくて。
おそるおそる、目の前の従僕を見上げる。
先ほどど変わらずにこにこ笑顔のシィルは、リィゼアめがけて一言。
「馬鹿なんですか」
「あぅっ」
ど直球の単語がリィゼアの心臓を貫通する。
シィルはちらりと戦闘の残骸を見やって、深いため息をついた。
「あなたはいつもいつも無茶をなさる。何のために俺がいるかわかってますか」
「当然よそのくらい。わたくしの護衛でしょう」
「そうですよ。俺の業務内容は、あなたを危険に晒さないことです。主人自ら危険に飛び込むのを応援する護衛騎士がどこにいますか」
「でも今回のは、わたくしが一人で片付けるのがいちばん早く終わると判断したから」
リィゼアがそう言うと、シィルはまたため息をつく。
「それがだめだと言ってるんです。こういう時こそ俺を使ってくださいよ。〈侵略者〉を倒すだけなら俺でもいいでしょう。というか本来、〈侵略者〉ってひとりで戦う相手じゃありませんよね」
「でも、シィルを危険に晒したくないわ」
「馬鹿」
シィルは唇の片端を上げ、目を眇める。
翡翠の瞳の奥に揺れる感情は、リィゼアには読み取れない。
「ほんと、あなたは馬鹿です」
けれどその唇が紡ぐ言葉が。
「俺にも守らせてくださいよ」
彼も多少なりの愛情を抱いてくれているのだと信じさせてくれるのだ。
その愛情を欠片でも見せてくれることは稀で、リィゼアの心がきゅんと温かくなる。
「とりあえず、今回の〈侵略者〉はこれで全滅ですね」
「ええ」
リィゼアは、フェルナが――フェルナを持った自分が暴れた部分に目をやった。
あちこちにあった銀色の水たまりはほんのひとときで消え去り、あとには灰色の星のカケラの残骸だけが残されている。
古より、星のカケラに乗ってこの星に攻めてくる者たち――それを人々は〈侵略者〉と呼んでいる。
〈侵略者〉は、伸ばせば二メートルにもなる四本の触手を持つ、全身銀色の生物である。身長はどの個体も一・五メートルほどで、衣服は身につけておらず、つるつる坊主の頭部に丸い青の瞳が二つ並んでついている。足はなく、ひらひらした身体の裾のような部分を、ナメクジのように地面に這わせて移動する。
彼らはただがむしゃらに斬るだけでは倒せず、四本の触手を全て切り離したうえで、胸部と思われる場所を突き刺さなければならない。触手を斬られた個体は勢いが落ちるが、動きを止めるには四本すべての触手を切り落とさなければならない。
しかも、死骸は残らず溶けて蒸発して消えてしまうので、体のつくりの研究もしようがなく、有効な毒もなければ、あるかもしれない他の倒し方すらもわからないのだ。
〈侵略者〉から人々を、そして自分達の住む星を守るために、守星軍は日夜働いている。
「さ、帰りましょう」
助走もなくカケラの残骸を飛び越えて、リィゼアは歩き出した。
その半歩後ろを、同じようにカケラを飛び越えて、シィルが音もなく付いてくる。
「姫、城に帰ったら仕事の続きしてくださいね。じゃないと終わりませんよ」
「はぁい。……そういえばわたくし、何か忘れているような……?」
はて、としばし考えて。
「そうだ、婚約阻止っ!」
焦って走り出すのであった。
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