2 嫌われればいいんだわ!
リィゼアは思わず自分の目を疑った。
けれど、何度読み直しても内容は同じ。一通の釣書だ。
家系図に年齢、体格、家族構成。
そして何より目立つのは、中央にでかでかと描かれた肖像画だ。
薔薇色の髪に、意志の強そうな瑠璃色の瞳。骨張った頬や顎のラインは、薄小麦色の肌も相まって、強くがっしりとした印象を与える。
リィゼアは釣書にある名前を見て、また驚きの声をあげた。
「ジョーナル・ロゼ・リットリア……って、隣国の皇太子じゃないの!」
「そうだ」
涼しい顔で頷く父に、リィゼアは吠える。
「いつの間にこんなもの用意してたのよ!」
「こんなもの、などと言うな。向こうの皇帝も賛同していることだ。お前には、リット帝国に嫁入りしてもらう」
「嫌よ」
食い気味にばっさり切り捨てて、足早に部屋を去ろうとする。
が、ドアノブに手をかけたとき、また聞き捨てならない言葉が降ってきた。
「とりあえず会ってみなさい。来月、ジョーナル殿下が我が国を訪問してくださることになった。お前には、歓迎の夜会に出てもらうぞ」
「どうしてよ! わたくしは結婚しないって、ずっと言ってるでしょう!」
「王女が結婚しないのは問題がある。国外が嫌なら自分で国内の貴族の中から相手を見つけなさい。お前は夜会の欠席が多いから知らないだろうが、結婚しない王女の将来を皆心配しているぞ」
「でも国王としては、わたくしが結婚しない方がいいでしょう。その方が軍を動かしやすいもの」
夜会には出ないのではなく、出られないのだ。
戦場に呼ばれるのは夜が多い。ひとつの騎士団をまとめる者として戦いに行かねばならないリィゼアは、当然、夜会への出席率は下がる。
……もちろん、面倒な腹の探り合いから逃げたいというのも否定しないが。
「それに、わたくしは国外が嫌なんじゃなくて、そもそも結婚したくないの」
もちろん、本来なら一国の王女として政略結婚の駒にならなければいけないことはわかっている。
わかっているけれど、嫌なのだ。
(わたくしは、結婚するならシィルとしたい。彼以外は嫌)
ずっと、心の内に秘めている想い。
けれど、シィルは護衛でリィゼアは主人。一介の騎士と第一王女。ふたりの身分には大きな差がある。
故に、婚姻を結ぶことはできない。父も周囲も許してはくれない。
「そうは言ってもなあ。お前、二十歳を過ぎて、『嫁き遅れ』と後ろ指を指されながら、どこかの老人公爵や他国の側妃に収まるのと、今のうちに結婚して同年代の夫と愛を育んでいくの、どちらの方がいい」
「それはもちろん後者だけど」
だからといって、相手が誰でもいいというわけではない。
「そうだろう。だから、今のうちに嫁いでおけ」
「でもお父様、わたくしは守星軍の総督よ。手放すには惜しい人材なんじゃないかしら」
一歩も退かない父の姿勢に、リィゼアは次の手に出ることにした。
題して、『自分の有用性を主張しよう作戦』だ。
「ほら、〈侵略者〉の殲滅にはわたくしの力が欠かせないでしょう。だって総督なんだから。書類仕事もちゃんとこなすうえに、前線に立って戦っている。自分で言うのもだけど、戦果もずば抜けてるわ。わたくしを他国にやるのは良い選択とは思えないわね」
「他国といっても隣国だろう。お前のところの哨戒班は優秀だ、報告があってから我が国に応援に来ても遅くはない。お前にとってはたいした距離でもないだろう」
「それ、国際問題とかにならないかしら?」
「私がさせないさ。向こうだって、事情はわかっているはずだ。それに、守星軍の騎士達だって、お前がいない程度で負けるほど弱くはないだろう。お前が育てた者達だからな」
「うぐ……」
「それでもどうしても嫁ぎたくないと言うのなら、国内の貴族に降嫁すればいい。ちょうど、ファール公爵家なんてどうだ」
あっさり負けた。
しかも、しれっと相手まで提案してくる始末。
「だから、嫌って何度も言ってるじゃない。わたくし、結婚する気なんてこのお城の埃くずよりも無いわよ」
それでも断固拒否の姿勢を崩さないリィゼアに、デルフィアスはため息をついた。そして幼子を諭すように言う。
「とにかく、一度会ってみてから決めなさい。気が変わるかもしれんだろう」
「そんなことないわよ絶対!」
リィゼアは父に背を向けると、今度こそドアを開けて部屋を出た。
早歩きで自分の執務室に向かいながら、必死に考える。
(どうしようどうしよう、このままでは婚約が決まってしまうわ!)
相手のことなどどうでもいい。『婚約』自体をしたくないのだ。
何か方法はないのだろうか。
婚約を回避できるならなんでもいいから――
「あ」
足を止めた。
浮かんでしまった。
思いついてしまった。
(わたくしが訴えるのではなくて、向こうの婚約する気を削げばいいのよ)
どうせ父は、何を言ってもあの状態だ。婚約の撤回などする気は一切無いだろう。
ならば、相手から断ってもらえばいい。
娘であるリィゼアではなく他国の、それも大帝国の皇族からの訴えであれば、流石の父も諦めるだろう。
そのあとで新しい婚約者を見つけるにしてもそれなりの時間がかかる。
これは妙案ではないだろうか。
(決まりね!)
リィゼアは小さくガッツポーズをつくり、無言の叫びをあげた。
(相手に嫌われればいいんだわ!)
――ちょっとズレた決意を抱いて。
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