Chapter 3 ——記憶の迷宮、再構築の鍵——
リアム・クラウズは鏡の前に立っていた。
そこに映る自分の顔は変わらず、目も鼻も口も確かにそこにある。だが、**自分の中にぽっかりと空いた“穴”**があることに気づかされていた。
妹の名前が、思い出せない。
写真は残っている。笑顔も、着ていたドレスの柄も覚えている。でも、名前だけが白紙のように、脳からごっそり抜き取られていた。
「まるで…魔法だ」
彼はポケットにあったブリリアンのトランプを見つめる。その裏側には、奇妙なインクで描かれた小さな“鍵”のマークがあった。
その瞬間、彼のスマートフォンが震える。
非通知番号。だが受け取った。
「記憶のカケラは、きっとまだ残ってる」
若い女性の声だった。誰だ? と尋ねる前に、メッセージが届いた。
“Old Baker Street 13番地の骨董店に行きなさい。
“シャットの鍵”を見つけるには、そこから始まる。”
⸻
骨董店は半地下にあり、店主は異様なまでに寡黙だったが、リアムに一枚の古いノートを手渡した。
表紙には古英語でこう書かれていた。
《Brillian’s Ledger》——記憶干渉ログ帳
そこには、日時と場所、そして対象者の記憶を**“どのカードに閉じ込めたか”**が細かく記されていた。
– 2019年10月:パリ、ピエール医師、“妻の死”
– 2022年6月:東京、アイドルH、“恐怖心”
– 2025年6月:ロンドン、リアム・クラウズ、“妹の名前” ←
「本当に……彼女は、記憶を操作してる……」
リアムは背筋を凍らせた。そして最後のページに、手書きで追加された一文があった。
“本当のマジックとは、現実を塗り替えること。演目:時計塔は、まだ終わっていない。”
⸻
その夜、リアムは再び夢を見た。
夢の中で、妹が彼を呼んでいる。名前は聞こえない。でも、その唇の動きが――どこかの鍵に見えた。
目を覚ました彼は、ベッド脇のノートにこう書き残した。
「記憶は奪われたのではない。
“しまわれた”だけだ。」
彼の新たな目標は、“記憶のトランプ”に収められた妹の名前を取り戻すこと。
そしてもうひとつ。
消えた時計塔を、本当に元の場所へ戻すこと。