Chapter 2 ——記憶のトランプ——
舞台が眩しい閃光に包まれた数秒後、会場は完全な静寂に包まれた。
リアムが再び目を開けたとき、彼はどこか見知らぬ場所にいた。
劇場は消え、観客席もない。周囲には無数の浮遊する“トランプ”だけが、空間にふわふわと漂っている。
(これは…マジック? 夢?)
だが、足元には確かに立っている感覚がある。重力もある。現実としか思えない。
「皆さま。ここは“あなたの記憶”の中です」
声が響いた。どこからともなく現れたブリリアン・シャットが、軽やかに舞うように彼の前へ降り立つ。
「記憶というものは不思議なものです。とても主観的で、曖昧で、そして……操作しやすい」
彼女の手の中で1枚のトランプがくるくると舞う。その裏には、リアムの子どもの頃の写真が映し出されていた。
「あなたが初めて泣いた日。初めて秘密を持った日。初めて、“誰にも言えなかったこと”を抱えた日。その記憶、カードにしています」
「……やめろ!」
リアムが叫ぶ。だが身体は動かない。
「私はただのマジシャンじゃないの」
ブリリアンの目が一瞬だけ鋭く光る。
「私は“記憶を素材にした物語”を見せる女。あなたたち一人一人が、自分で選んだ“現実”のカードを、私の舞台に並べてるのよ」
彼女が手を打つと、トランプの一枚が空中で燃え上がる。
そして、リアムの脳裏から――あるひとつの記憶がスッと抜け落ちた。
妹の名前が、思い出せない。
⸻
その瞬間、劇場が再び戻る。観客たちも、席に着いたまま目を開いた。
誰もが一様に困惑している。涙を浮かべる者もいれば、何かを失ったように空を見上げる者もいた。
ブリリアンは笑顔で言う。
「本日のマジック、“記憶のトランプ”。楽しんでいただけたでしょうか?」
リアムは震える手で、ポケットに入っていたカードを取り出す。
そこには妹の写真があった。
でも――名前だけが、消えている。