Chapter 1 ——シャット劇場、開幕——
ロンドン市警・第七課の会議室は、朝から煙がたちこめるような騒ぎだった。
「まさか、建物ごと…消えた…!?」
大理石の机にカードを叩きつけるのは、若き警部補リアム・クラウズ。書類にはこう記されていた。
“ブリリアン・シャット名義のカードが、現場に残されていた。”
「聞いたことがある」
向かいに座る老警視が、葉巻に火をつけながら言う。
「数年に一度、世界中で“説明不能な現象”が起きる。エッフェル塔の一時的な透明化、アマゾン上空で消えた飛行船、タイムズスクエアの巨大画面が全てブリーフケースに収まった事件。全部同じカードが残されているんだ」
リアムは鼻で笑う。
「ただの奇術師が、どうやって時計塔なんて建造物を消せるんです?」
老警視は静かに言った。
「だから彼女は“奇術師”じゃない。“シャット劇場”のオーナーだ」
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“シャット劇場”
ロンドンのどこにも地図に記されていないはずの劇場。なのに、今夜そこではショーが開かれるという情報が、特定の人々のもとにだけ届いていた。
住所は書かれていない。ただこう記されていた。
「真夜中、時計塔の跡地へ。マントを忘れずに。」
リアムの元にも、なぜか招待状が届いていた。
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その夜。霧がまた広場を包む。
招待された者たちは皆、顔を隠すようにマントや仮面をつけて現れる。広場の真ん中、何もなかったはずの地面に、音もなく巨大なサーカス風テントが立ち上がっていた。
そして――舞台の幕が上がる。
「Ladies and Gentlemen…お待たせしました」
ライトが灯る。空中に浮かぶように、彼女はそこに立っていた。
ブリリアン・シャット。
「本日の演目は、“建築消失マジック”の裏側と、あなたの記憶を少し…いただきます」
観客がざわつく中、リアムは立ち上がる。
「警察だ! ここで何を――」
だが彼の言葉は、白い鳩の羽ばたきにかき消される。
ブリリアンは笑って言った。
「ようこそ、“ありえない”が起こる場所へ」
そして、舞台全体が光に包まれた。