第六章:偽りの影
午後十時十八分。
品川区、閑静な住宅街の一角にある古びたアパート。
外階段の踊り場には、警察のライトがぼんやりと照らしていた。
「神谷さん、部屋はこの上です。」
若い刑事が指を差す。
「容疑者、室内にて確保済み。
被害者のスマホに残された通話記録と、監視カメラ映像により特定できました。」
神谷弘志は、無言で階段を上がった。
部屋のドアはすでに開いており、中から奇妙な笑い声が漏れてくる。
「ははっ……俺じゃなきゃ誰がやるんだよ……!
あいつの真似だよ、あの幽霊みたいな奴……すごいだろ?」
部屋の中央に座らされていたのは、やせ細った男だった。
名前は石田貴史、28歳、無職。
テーブルの上には、通販で購入された羽根の袋、包丁、そして血のついたシャツ。
部屋の隅には、ゴミの山と貼られた大量の新聞記事。
——“幽霊の殺人者”に関するものばかりだった。
「……動機は?」
弘志が尋ねた。
刑事が手帳をめくる。
「被害者の名前は、川口真奈美、24歳。
石田は何度か彼女に食事を誘っていたが、断られた際に“気持ち悪い”と笑われたと主張。
その直後、被害者が殺害された。」
石田が急に笑い出す。
「だってよぉ! あんな言い方するか?
“近寄らないで”って、まるでゴミみたいにさぁ……
だから、わかるだろ? あれは俺を壊したんだよ!」
「つまり、お前が殺した理由は——」
「あいつが悪いんだよ!
俺じゃない、あいつが俺を追い詰めたんだ!
それに……あの“幽霊の殺人者”みたいにやれば、誰にもバレないって思ったんだ……」
彼の目は虚ろで、声は高く、何かに取り憑かれたようだった。
「羽根も用意した。包丁も手袋も、ネットで調べた通りに。
でも……やっぱ本物はすげぇよな……
俺、すぐ捕まっちゃったし、はは……」
弘志は一歩近づき、彼を見下ろすように言った。
「お前がやったのは、衝動殺人だ。
許しがたいことだ。」
石田は一瞬沈黙し、そしてつぶやいた。
「……本物に、会ってみたかったな……」
翌朝。
警視庁捜査一課・会議室。
刑事たちは資料を整理しながら、事件の概要をまとめていた。
「石田貴史、犯行を全面自供。
使用した道具、被害者との接点、現場周辺の証拠、すべて一致。」
「模倣犯として、これで確定ですね。」
「ですが、これで“本物”が消えたわけではありません。」
弘志が言葉を挟んだ。
「石田の手口は雑で感情的。
羽根の置き方すら不自然だった。
“幽霊の殺人者”は、もっと静かで論理的な存在だ。」
彼はホワイトボードに新たに書き足した。
■ 第七事件:模倣犯・石田貴史
■ 感情的動機による単独殺人
■ “本物”との一致点なし
→ 捜査継続中
「静かに潜む者は、まだどこかにいる。」