第五章:連鎖の先に
午後一時四十分。
警視庁捜査一課・第一会議室。
白い蛍光灯が静かに唸り、空気は重く澱んでいた。
壁一面に貼られたホワイトボードには、これまでの殺人事件の情報がびっしりと並ぶ。
名前、場所、時間、手口、そして——白い羽根。
神谷弘志は、椅子に座ったまま、腕を組んでいた。
正面のプロジェクターには、第四章で起きた「二重殺人事件」の現場写真が映し出されている。
「被害者の一人、田中遥。十三歳。
帰宅途中に現場となった公園を通過していた。
死因は絞殺。死亡推定時刻は午後十時半前後。」
若い刑事が報告を読み上げる。
弘志はそれを遮らず、ただ黙って耳を傾けた。
「もう一人は、身元が判明。井上真理、四十二歳。
近所に住むパートタイマー。
現場から少し離れた路地に血痕があり、
公園に運ばれた形跡がある。」
「つまり、真理が先に殺害され、
遥はそれを“見てしまった”。」
弘志が静かに言った。
「羽根は——?」
「遥の胸元に一枚。真理の側には、何もありませんでした。」
「……逆転しているな。」
部屋に一瞬、沈黙が流れた。
「これまでの事件では、羽根は“標的”に残されていた。
だが今回は、目撃者と見られる少女の方にだけある。」
「犯人のルールが変わった可能性はありますか?」
誰かが問いかけた。
「あるいは——“ルールなど初めからなかった”のかもしれない。」
弘志は立ち上がり、ホワイトボードの地図の前に移動した。
過去の事件現場が赤いピンで示されている。
「この6件のうち、前半の3件は“静かで無傷”。
後半3件は、“暴力的かつ迅速”。
そして、最後は目撃者の即排除。」
彼はペンを取り、地図上に新たな線を引く。
「次の犯行は、より公開性の高い場所で起きる可能性がある。」
「駅? コンビニ? 商業施設ですか?」
「あるいは——何もない歩道かもしれない。
問題は、“誰が次か”ではなく、“どこで起きるか”だ。」
弘志は冷静な声で続けた。
「犯人の行動パターンは、予測不能に近づいている。
だが、その裏にある意図だけは——一貫している。」
「一貫している?」
「“静かに殺す”という姿勢だ。
暴力的でも、騒ぎを起こさない。
彼は常に、都市の“隙”を狙っている。」
報告をまとめていた刑事たちが次々と動き出す。
「駅周辺の死角マップ、すぐに出します!」
「深夜帯のパトロール範囲を見直します。」
弘志は一歩下がり、部下たちの背を見送った。
そして、再びホワイトボードに目を向けた。
そこには、一枚の白い羽根の写真がピンで留められていた。
それは、今回の現場から回収されたもの。
光の加減で、その羽根がわずかに揺れた気がした。




