第三章:血まみれの事件現場
午前五時十六分。
まだ夜の名残が街にしがみついている時間。
東京郊外の住宅街に、異常な静けさが漂っていた。
「……これ、嘘だろ……」
通報を受けて現場に到着した若い巡査が、口元を抑えながらそう漏らした。
神谷弘志は無言で玄関をくぐり、現場へと進む。
そこには、これまでとは異なる"暴力の痕跡"があった。
床一面に広がる鮮血。
壁にまで飛び散った斑点。
そして、キッチンカウンターにもたれかかるように倒れている男性の遺体。
ナイフが首元に深く突き刺さっていた。
「……氏名は山下大輔、二十九歳。フリーター。特に前歴もなし。」
鑑識の声がかすかに震えている。
「これは……明らかに今までとは違う。」
「外傷、痕跡、乱れた室内。まるで感情の爆発があったように見える。」
神谷はゆっくりと近づき、死体を見下ろした。
目は見開かれたまま、苦悶の色が濃く残っていた。
その手には、いつもの——白い羽根が、今回は血で染まって握られていた。
(汚された“サイン”……か。)
「防犯カメラは?」
「この家には設置されていません。近所のも、今のところ異常はなし。」
「出入りの痕跡は?」
「窓が一箇所、内側から割られています。
神谷は、わずかに目を細めた。
(これは……模倣犯の可能性がある。)
遺体の傷は深く、怒りや憎しみの感情が感じられる。
“幽霊の殺人者”はこれまで、一滴の血も流さなかった。
だがこの現場は、暴力的で、生々しい。
「……犯人が変わった?」
後ろで誰かが呟く。
「いや——これは、違う何かだ。」
弘志はポケットから手帳を取り出し、静かにメモを取り始めた。
「第四の事件。初の流血。暴力的手法。
羽根は存在するが、血にまみれている。
動機の変化か、あるいは——模倣犯。」
そのとき、ひとりの部下が駆け込んできた。
「神谷さん! 近くの防犯カメラに、被害者と見られる人物が映ってました。
深夜二時ごろ、何者かと一緒に歩いている姿が——」
「顔は確認できるか?」
「いえ、相手はフードを深く被っていて……ただ、歩き方が少し特徴的で……」
神谷は思わず顔を上げた。
(——模倣犯が出たのか。それとも、"本物"が何かを仕掛けたのか。)
現場に残る、異様な空気。
まるで、誰かが「見せたいもの」を用意したかのようだった。
——やがて、朝日がゆっくりと差し込んだ。
光が、血の海を照らす。
赤と白が混ざり合い、どこか絵画のような静けさを帯びていた。
神谷弘志は、静かに呟いた。
「……目を覚ましたのか。
それとも、誰かが"目覚めさせた"のか——」