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第二十一章:死者の劇場

午前二時二十四分。

神谷弘志の部屋は、明かりを落としきっていた。

月明かりだけが、静かにその輪郭を照らしていた。


部屋の中央、ソファに腰を下ろす男がひとり。

その向かいには、もうひとりの男。


——自分に酷似した、笑う“自分”。


「さあ、幕を上げようじゃないか。」


低く、艶のある声が空間を切り裂く。

舞台俳優のような抑揚。

冷たく、滑らかで、それでいて心の奥を掴む。


「今夜の演目は“罪の断章”。

出演者は、君の殺した者たち。

観客は、君自身だ。」


弘志は言葉を返さない。

返せなかった。


——なぜなら、壁から現れたからだ。


ひとり、またひとり。


血に染まった制服の少女。

首の裂けた男。

倒れかけたまま立つ女性。


それは、幻影ではなかった。


それぞれが、目を持ち、声を持ち、存在していた。


「ねえ、神谷さん。」


最初に話したのは高橋遥。

彼女はあの夜の姿のまま、足元が濡れている。


「わたし、死んだとき怖かったよ。

なんで、って思った。

あなた、私を助けてくれるはずの人だったのに。」


「あなたが……殺したのに……」


「殺しておいて、泣く資格があるのか?」


次に進み出たのは白石舞。

制服の襟が破れ、唇は震えていた。


「あの日、私は帰るだけだった。

親に夕飯の連絡をしてた。

あなたは、静かに近づいて、私の命を切った。」


「それでも、あなたは“正義”だって言えるの?」


その声の中に、別の声が重なる。


「おいおい、演出がすごいな。」


殺人者が手を叩いた。

楽しそうに、ショーを観る観客のように。


「罪人が裁かれる瞬間ほど、美しいものはない。

それが“自分自身”だなんて、尚更だ。」


「なぁ、ヒロシ。

こいつらの言う通り、俺たちは“悪”だったのか?」


「それとも——“世界の代弁者”だったのか?」


声が多すぎる。


空間が揺れる。


壁から血が滴る。

床が歪む。

天井が落ちてくるように感じる。


弘志は、耳を塞ぐ。


「……黙れ……もう……黙れ……!」


「なんで殺した?」


「楽しかった?」


「止められなかった?」


「止める気なんてなかったんじゃないの?」


殺人者が立ち上がり、弘志に近づく。


そして、鏡の前に立たせる。


「答えろよ。

“お前は誰だ?”」


鏡には、自分の顔ではない。

そこにいたのは——あの笑う男。


午前三時一分。

神谷弘志は、誰もいない部屋の中でひとり、

鏡に向かって小さく呟いた。


「……俺は……誰なんだ……」


つづく。

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