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第二十章:静かなる同居者

午前二時三十七分。

神谷弘志の自宅。

冷蔵庫のモーター音と時計の針の音しか聞こえない。


それでも、誰かがそこにいるように感じた。


「よぉ。久しぶりだな、“俺”。」


ソファに座る黒い影。

あぐらをかき、頬杖をつきながら、低く笑うその男は——

神谷弘志に酷似していた。


ただ、目の奥の色が違う。

黒よりも深く、笑うほど冷たい。


「この部屋、前より静かになったな。

羽根も少なくなった。

血の匂いも消えた。……寂しいと思わないか?」


弘志は反応しない。

テーブルに広げられたメモ帳に、鉛筆で何かを書き続けている。


丸。四角。

名前の断片。

「死」「死」「羽」「羽根」……

繰り返し、繰り返し、止まらない。


「おい、聞いてるのか?」


返事はない。


「無視か? フッ……昔はよく話しただろ?

『どんな顔で死んでた?』とか、

『今度はどうやって“綺麗に”殺るか』とか……」


「あの時間、悪くなかったよな。

少なくとも、“目的”があった。」


弘志の手が止まった。


息を吸い、顔を上げる。


「お前がいたから、俺は壊れた。」


「いや。“お前が俺を作った”。

その違い、もう忘れたのか?」


「俺はお前の“影”じゃない。

お前そのものだよ、ヒロシ。」


そのとき、部屋の明かりが一瞬だけ暗くなる。

換気扇が止まり、電気の音が切れる。


——沈黙。


「匂うな。」


「……何が。」


「血だよ。……忘れたか?

初めて殺した夜の匂い。

静かで、温かくて、でも何より——」


「生きてるって感じたろ?」


弘志の視界が歪む。


テーブルの上が、いつの間にか血で濡れていた。

羽根が浮かんでいる。

それは記憶か、幻想か、現実か——もう、わからない。


午前三時。

部屋の片隅で、彼は座ったまま呟く。


「……終わらせないと。」


黒い影が笑う。


「どうやって? 捕まるのか?

自白するのか? 死ぬのか?」


沈黙。


弘志の視線が、静かに窓の外へ向けられる。


「“どれも美しい終わり”だよな。」


つづく。



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