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第十一章:曖昧な目覚め


午前六時四十四分。

雨の音が窓に優しく打ちつける。


神谷弘志は、激しく息を吐きながらベッドから飛び起きた。

額には汗が滲み、シャツはじっとりと濡れていた。


(夢……? なんだった……)


まったく思い出せない。

ただ、心臓の鼓動だけが異常に速かった。


彼は無言で浴室に入り、蛇口をひねる。

冷たい水で顔を洗った瞬間——


「……お前だ。」


ピシャッ……!


洗面台の鏡から、誰かの声がした気がした。


弘志はすぐに顔を上げるが、そこには自分しか映っていなかった。


「……気のせいだ。」


タオルで顔を拭きながら、静かに呟いた。


「……ただの疲れだ。」


午前七時三十五分。

駅のホーム。人影はまばら。


弘志はベンチに座り、コートの襟を軽く整えた。

眠気は取れず、視界はどこかぼんやりしていた。


電車の接近音が遠くから響く。


そのとき——

視線の先、反対側のホームに、少女が立っていた。


中学生ほどの年齢。

制服は泥で汚れ、顔は影に隠れて見えない。


彼女は、ゆっくりと指を弘志に向けていた。


(……?)


弘志が目を凝らしたその瞬間、電車が視界を遮るように通過し——

少女は消えていた。


弘志は数秒間その場所を見つめたまま、動かなかった。


「……見間違いだ。疲れてるんだ。」


午前八時十三分。

警視庁第一課。


弘志はデスクに戻り、捜査資料を整理し始めた。

いつも通り、丁寧で正確な動き。

だが、目の奥には明らかな“重さ”があった。


その様子を見た年配の刑事・倉田が声をかけた。


「弘志、顔色悪いな。ちゃんと寝てるか?」


「……少し、睡眠の質が悪くてな。」


「そりゃそうだよな。この件、もう何ヶ月だ?」


倉田はイスに腰かけ、軽く笑った。


「お前、独身だったよな?

 たまには人間らしい生活もしないと、頭まで病むぞ。」


弘志は苦笑いで返した。


「正直、引っ張られてる感はあるな。

 でも、ここで手を止めたら……何も進まない。」


そのとき——


「神谷さん!」


若い刑事が慌ただしく駆け込んできた。


「新しい遺体が発見されました! 港区、倉庫街の一角です。

 現場の状況から、“白い羽根”の可能性が高いと!」


部屋の空気が一瞬で引き締まった。


弘志は立ち上がり、コートを手に取る。


「行くぞ。」


その声に、疲労は微塵もなかった。

だが胸の奥には、誰にも見せられないもう一つの“人格”が静かに目を覚ましていた。

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