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『貧乏神と福の神のプレスマン』

作者: 成城速記部

 おじいさんとおばあさんがありました。二人とも働き者で、もっと暮らし向きがよくなってもよさそうなのに、どういうわけか、そうでもありませんでした。さりとて食べるに困るというわけでもなく、まあこんなものかと思って暮らしていました。

 大晦日の夜、大掃除もすっかり終えて、新年を迎えるばかりとなりましたが。

 おばあさんや、ことしも年が越せるね。

 そうですね、おじいさん。ことしも餅はありませんけど。

 一間しかないあばら家の、床の間に見立てた一番奥の壁の前には、餅に見立てて丸めた書道半紙の前に、水を張ったお盆を置いて、水鏡で鏡餅を演出していましたが、おじいさんとおばあさんには、これが精いっぱいでした。

 来年は、本物の餅を神様にお供えしたいものだね。そうですね、そう言って一度も餅を供えたことはありませんけどね。などと、軽口を言って笑っていますと、天井近くから、よいよい、これがよいのじゃ、などと声がします。

 おじいさんとおばあさんが、声のするほうを見やりますと、いかにも細い黒プレスマンが、神棚に見立てたつり棚に座っています。いや、立っているのと見かけは変わりませんが、座っているに違いありません。

 おじいさんは、これはこれは、神様ですかな、こんなむさ苦しいところへようこそ。お供えするものもなくて申しわけありません、と挨拶しますと、神様は、よいのじゃ、実はわしは貧乏神でな、この家に何十年も住んでおる。お前たちが働き者なので、そろそろ出ていかねばならないと思っていたところじゃ、とおっしゃいますので、そんなもったいない、気の済むまでいてくだされ、と言って、おばあさんともども、ぺこぺこしていますと、除夜の鐘が聞こえてきました。

 三つ、四つ、と頭の中で数えていますと、外から戸をたたく音がします。おばあさんが戸を開けようと土間に降りますと、来訪者は勝手に戸を開けて入ってきました。

 おじいさんとおばあさんは驚きました。それはそれは福々しい姿をした白プレスマンでした。どうするとこんなに福々しくなれるのだろうというくらいでっぷり太って、何やら金の箔押しもありましたが、太っているので文字が広がってしまって読めませんでした。

 来訪者は告げました。わしは福の神じゃ。この家の者が働き者なので、福を授けようと、福の神会議で決まったのでやってきたのじゃ。この家にとりついている貧乏神を追い出し、わしが力ずくで福を授けてやる。そこのいかにもな貧乏神、そこをどけ、そこはわしが鎮座するところじゃ。

 貧乏神は、少し悲しそうな顔をしましたが、福の神に席を明け渡そうとしました。いえ、悲しそうな顔は地顔です。単に席を明け渡そうとしただけです。

 おじいさんは、たまらず口を挟みました。お待ちください、福の神様。おお、どうした、新しい我が家主。どんな願いでもかなえてやろうぞ。貧乏神様を追い出さないでください。どういうことじゃ。貧乏神様は、ずっとうちを見守ってくれていました。そうじゃな、だからお前たちは働けど働けどじっと手を見ても暮らしが楽にならなかったのじゃ。福の神様、私たちは、今のままの暮らしでいいのでございます。欲のないやつじゃ。しかしこれは神々のおきてでな、一家に一柱しか、神は住めないのじゃ。よって、わしかこいつか、どちらかしかこの家には住めぬ。わしがここへきたからには、こいつは出ていかねばならぬのじゃ。そこを何とか。ならぬ、こうなったら、わしかこいつか、勝負して勝ったほうがこの家の神となる。ええ、勝負ですか。どうやって勝負するんですか。決まっておろう速記勝負じゃ。

 といようなことで、貧乏神と福の神は、速記勝負をすることになりました。朗読者はおじいさん、照合はおばあさんが務めることになりました。ま、ほかに適任者もいませんし。

 おじいさんは、問題文のかわりにわらべ歌を歌いました。仕方がなかったのです、誰も問題文なんか持っていなかったので。それなりの反訳時間が終了し、おじいさんが採点しました。ほかに適任者がいなかったので。

 結果は、貧乏神の圧勝でした。福の神は、福々しい姿を演出するために、プレスマンのくせに、芯を何本も何本も飲み込んでいたのです。そりゃ詰まりますよね。一文字も書けませんでした。貧乏神は、そんなことはしません。したくてもできません。ちびた芯を一本だけおなかに入れた状態でしたので、一文字しかけませんでした。しかし、ミス一つの差が、勝負を分けたのです。

 福の神は、何のために登場したのかわからないまま、すごすごと帰っていきました。完全に元気を失ってしまい、福が入った袋、略して福袋を置き忘れていきました。貧乏神は、長年住んでいた家を失うこともなく、福袋の中から出した餅を、おじいさん、おばあさんに供えてもらい、楽しい正月を過ごしました。



教訓:貧乏神は、福袋の中にあった芯をたんまり食べ、貧乏神に似つかわしくない福々しい姿になったという。速記が書けない体になることと引きかえに。

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