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部活未亡人が夫のいない間に夢を見た件

作者: 新川さとし

 土曜日の午後、体育館に罵声が響く。


「おら! センター ちゃんとピボットを潰せって。何回言わせるんだよ。身体がデカいだけで、馬鹿かよ、おめぇは!」


 坊主頭の選手が「すんません!」と頭を下げる。それを横目に壁を蹴り飛ばした河合先生だ。


「ほどほどに」


 とオレは囁いた。


「す、すみません。つい」

「昔と違って、今はいろいろとウルサいから、気を付けた方がいいかもよ」

「はい。長谷川先生。ご指導ありがとうございます。気を付けます」


 こんなに仲良くなったのに、相変わらず礼儀正しい態度は崩れないのが河合先生の良いところ。


「まあ、最近、コートに立つ姿も堂に入ってきましたけどね」

「いえいえ。まだまだです」


 4月に数学科の新人教師として採用された河合先生はバスケ経験者だ。


 最初は、おっかなびっくり教えている感じだったが、バスケ経験者だけに慣れるのは早い。ことに合宿を経て、オレとの信頼関係も深まったお陰か、だんだんと指導に迫力が出てきた。


 自分がセンターだっただけに、ゴール下の動きにこだわりがあるらしい。


 生徒からすると「タメになるけど、メチャおっかない」と評判だ。


 自分でも経験があるが、若くて独身な教師は男女関係なく生徒に人気が出るものなのだ。しかし、気を付けないと危ない。


「ネットにでも上げられると厄介だぞ」

 

 最近は、パワハラとか暴言だとかなんてコトにも注意しなければいけないのでやりにくい。うちは顧問二人体制になった分、オレが抑える役に回っている。


 部活経験者の教師にありがちだけど「自分達が教わった昔のやり方」になりやすいのは要注意だ。この間は、パイプ椅子を見事な角度で蹴り上げていたから、注意はしている。


『ともあれ、二人体制はありがたいよなぁ』


 指導できる顧問が二人いるというのは、公立校の男バスとしては珍しく、オレとしては河合先生と何かと上手く付き合っていきたいと思っているし、実際、ここまでは、とても関係は良い。


 信頼関係もバッチリだけに、注意を何回しても「先輩教師のパワハラ」とは言われないだろう。


「うちは県大会上位の常連校だからな。ちょっとしたスキャンダルでもマスコミにチクリが入るぞ」

「はい。気を付けているつもりなんですど、つい、あいつらが可愛くて」

「わかるよ。年はあんまり離れてないけど、ヤツらは息子みたいなもんだよな」


 可愛くなればなるほど、もっと強くしてやりたくて、ついついこっちの言葉も乱暴になりがちだ。


「そうですね。家族よりも一緒にいる時間が長いし」


 河合先生は腕組みをしながらプレイヤー達を見つめている。


 平日は夜8時まで、土日はたいてい半日は選手と一緒だ。家族よりも近く感じて、こっちもついつい熱が入ってしまうのも分かると言えば分かるのだ。


 ふっと、隣から見上げてきた。


「ところで、私がこんなことを言うのはおこがましいですけど、奥様とは大丈夫ですか?」

「え? そ、それは、えっとどういう意味で?」

「あ、すみません。私が口を挟める立場じゃないのはわかってますけど、実は大学の先輩が、ついこの間、離婚されちゃったんですよ」

「ん?」

「私と同じでバスケ馬鹿なんですけどね、私立の教員をやっていて、ずっと部活、部活ってやってたら、ある日、家に帰ったら突然、奥さんが」

「いなかった?」

「はい。先生、ご存じないですか? アオハルの大原先生ですけど」


 アオハルとは、この県にある「青木の春高校」の略称だ。そこの大原先生と言えば……


「あの人をご存知だったんだ? あ~ あの人、すげぇ良い人なのに、奥さんに逃げられちゃったか~」


 試合会場で顔を合わせる度に新婚旅行の写真を見せてくれる、人の良いオッサン先生だ。バスケの話なら何時間でもしていられる「仲間」という感じだけに、身につまされる。

 

「ええ。直接一緒にバスケはしてないんですけど、サークルの合宿に差し入れしてくださったりして。すっごく良い方ですよね」

「お人好しだからなぁ、ずっとバスケ部にのめり込んでるから、けっこう心配はされてたんだよな」


 夫が中学や高校の教師で運動部の顧問をやっていると、土日も全部出勤になる。その分だけ私生活が無くなってしまう人がいる。独身ならまだしも、結婚していると話がややこしい。


 世に言う「部活未亡人」というやつだ。もう何年も、夫婦で出かけたことがないなんて話はザラにある。オレも、このところ、土日は一日中「部活」で出ているので、他人事ではなかった。


「うちは、大丈夫だと思うんだけどな」

「本当に大丈夫ですか? 奥様、最近、変わった感じ、ないですかね?」


 何かモノ言いたげだ。心配してくれているのは分かる。こうして付き合ってみると分かるが、河合先生は、若いのにマジでお人好しなんだよな。自分のことよりも、先輩であるオレを心配してくれる。


 良くできた人だよ。


「よかったら、大会もまだ先ですし、今日は私が見ておきますよ」


 確かに、チームは順調だし、顧問が二人も着きっきりになる必要はないのは確かだ。


「長谷川先生も去年結婚なさったばかりですし。私のことは気にせず、たまには奥様のご機嫌を取った方が良くないですか? その方が結果的に、別の機会に上手く時間も作れますよ」


 なるほど。こうやってゴマをすっておけば、必要なときに遅くなっても不満に思われないかも。


「わかった。じゃあ、お言葉に甘えるよ。次回は、ちゃんと穴埋めするから」

「言質取りましたんで。期待してますから、マジで。次回は体力勝負ですね」


 ウィンク一つのあとの親指上げ。バスケの世界では「OK」のサインが共通語。


 パチンとタッチしておく。


 このあたりの「気心が知れた関係」がありがたい。


「あ、そうだ。せっかくだからサプライズで、お土産を買って、こっそりとおうちに入るのもいいかもしれませんね」


 イタズラな表情だ。普段は真面目なくせに、時々こうして愛嬌を見せるのが河合先生だ。生徒にファンが大勢できるのも分かる気がした。


 言っておくケド、オレだって、独身の頃は女子にモテモテだったんだからね?


 ヘンな対抗意識を燃やしても仕方ない。オススメ通り、帰りにケーキを買ってみた。駅前にある、けっこう有名なANTOと言う店。そういえば、ここは河合先生に教えられたんだっけ。


 我が家の軒先に、一台の車が停まっていた。


「あれ? 買おうと思っていたお前がどうしてここに? 美由紀がセールスさんを呼んだ?」


 プライベートではめったに乗るチャンスはないが「夫婦のお出かけ用に」ということで、ちょうどセールスさんを紹介してもらったこともあるし「ちょっと良い外車を買おう」と言うことになっていた。


 普段は妻の美由紀が乗るので、交渉もお任せだ。既に初交渉から2ヶ月が経って、まだ決めかねているのだから、そろそろセールさんに申し訳ない気がしてしまう。


「それにしても、家に呼ぶなら、言ってくれれば良いのに…… ん? まさか?」


 家に呼ぶなら、教えてよと言っても、ひょっとしたら美由紀に「どうせ、お前は部活でいないんだろ」と思われてしまったのかと、ちょっと焦る。


 ヤバい。帰ってきて良かったかも。


 ともかく、こういう時こそ笑わせるのが大事だ。玄関ではなくて、リビング側の窓から登場してみよう


「セールスさんと会話している横のガラスに、べたっと張り付いて見せれば、笑わせられるかな?」


 そっと、我が家の狭い庭に忍び込んで、壁沿いにリビングの窓へ。


「あれ? いない? いや、セールスさんのカバンぽいのはあるけど。トイレ? いや、二人ともいないってのはありえないだろ」


 掃き出し窓がスルスルと開いた。靴を脱いで入ると、微かに聞こえる声。


 まさか、だった。


「これって、美由紀のアノの声だよな?」


 寝室に近づくにつれて、声が大きくなる。


 ケーキを放り出して、ドアをバーンと開いた。


「あ!」


 誰の声だったんだろう。


 そこには去年結婚したばかりの妻と、一度だけ見た、あの車のセールスの男がベッドの上。


 裸だった。


「あなた! どうして! ち、違うの、これは違うの、誤解よ!」


 裸で男とベッドの上だ。何を誤解するというのか。


 唖然として見つめる前で男はベッドから転がり落ちるようにして服を掴もうとした。ハッとして、とりあえず、裸の男を踏みつけて押さえる。


「説明してもらおう」

「いや、あの! すみません、ほんの出来心です!」

「あなた違うの。私、寂しくて!」


 そこからのドタバタを全ては覚えていられない。


 ただ「出ていけ」と美由紀を追い出したのと、とっさにスマホで「証拠写真」を取ったことだけは確かなこと。


 二人を家から追い出して、唖然となったオレ。


 いつの間にか時間が経っていたんだろう。河合先生からメッセが入った。


『練習、無事終わりました。ケガ人無しです。奥様は喜ばれましたか?』


 そんなメッセージを見てしまうと、もうダメだった。涙腺が崩壊した。


 既読になったのに返信が来ないことで、不審に思ったのだろう。すぐに着信。


「先生、何かありましたか?」

「妻が…… 妻が男と……」


 そこから言葉が出なかった。


「先生、すぐにご自宅に伺いますよ。よろしいですね?」


 こういう時でも、礼儀正しく断ってきた河合先生の優しさに、ホッとしてしまった。


 それから1時間後。


 オレは河合先生に抱きしめられていた。妻ではありえない大きな胸の弾力が、オレのオトコを優しく奮い立たせてくれる気がした。


「大丈夫。包んであげますからね。何にも考えずに、私のナカにぶつけていいんですよ。穂乃香のナカに全部ちょうだい、先生! ナカに!」

「穂乃香! ほのか! お前だけだ! やっぱり、お前がいい!」


 自分が浮気したのが先だけど、妻が寝取られてしまったうっぷんは別腹だ。


 オレは、その日、夫婦の寝室で、裸の穂乃香と抱き合いながら眠ったんだ。



・・・・・・・・・・・

【河合穂乃香視点】


 こんなに上手く行くなんて!


 胸に顔を埋めるようにして眠ってる長谷川先生の背中をそっと撫でる。


 元々、新車のセールスとして紹介した木村拓斗は、大学時代の病的な「過拘束彼氏」だった。あまりに鬱陶しいから、何とか早く別れたかったけど、ズルズルとここまで来てしまった。


 もちろん、大学時代に何度も別れ話をしてきたけど、泣き落としに、脅し、そしてストーカー行為を山のように仕掛けてくるから、お手上げ状態だ。


 スマホにGPSの表示を仕掛けられていて、それを外すことすら逃れられない。ずっと、私の居場所を見ているのが趣味の拓斗のせいで、他の男性とお話すらできなかった。


 このまま、コイツと結婚するのは嫌だな。でも、出会いがないしと思っていたところに、採用された学校で男バスの顧問になる話が舞い込んだ。


 超ラッキー。


 先輩顧問の長谷川先生は、優しくてカッコイイ。頼りになる年上だ。合宿中に、私からお願いして秘密のステディ(セフレ)になってもらった。もちろん「割り切った関係で、職場の関係を壊しませんから」と私からお願いしての関係だ。


 私にとって「ずっと学校で一緒」なのがありがたかった。


 帰りにラブホに行くにしてもスマホをホイッと学校に置いたまま。たまに、確認の電話が来ても「部活中に出られるわけないでしょ!」で誤魔化せる。


 ちなみに、拓斗には「男バスは10時まで練習だからね」と言ってある。GPSだって、学校からずっと動いてないんだから、疑いようもないはずだ。


 ラブホの後で、いったん学校に戻るのがメンドーだけど、この作戦は上手くいった。そして次の段階が「拓斗の相手」作戦だった。


 幸い、拓斗は自動車ディーラーの営業だ。


 長谷川先生に「大学時代の友だちが営業ノルマがキツイって泣きつかれて」とお願いしたら、家に呼んでもらえた。


 そこまで行けば、もう大丈夫。


 夫が帰ってこない家に、たびたびやって来る、口の上手い営業さん。


 私への過拘束も力が弱まってきたし、彼のGPSが、このところ長谷川先生の自宅によく行っているのをチェックしての3回目。


 これで決める。


 サプライズを仕掛けるように、けしかけたのが大成功。


 マジで()()()()()になっちゃったね。


 お陰で「私が紹介した先輩の奥さんと浮気なんて、ありえないんだけど」と激怒してみせれば完成。


 ついでに彼の営業所にも「謎の密告電話」をしてあげて、事実確認を長谷川先生が協力してくれたから、彼は懲戒解雇になった。


 こんな成り行きだもの。さすがに、別れ話は成立した。


 やった!


 そして、長谷川先生は、離婚協議に突入。


 ふふふ。


 あ、私は「逆転のフリースロー」が見事に入っちゃったんだよね。


 新人だけど、来年は産休のあと、たっぷり育休も取るつもり。


 部活未亡人?


 二人でやれば、部活デートになるから、心配ないよ!



 コロナ以来、土日も部活をやる学校は減っているようですが、今でも県上位の常連校は、いろいろと理由をこじつけて練習していますよね。

 家族は本当に大変です。

 

 なお、物語の前半は「河合先生」が男性だと思えるように、ミスリードしてあります。途中で長谷川先生を「見上げる」という表現をワザと入れました。「あれ? バスケでセンターをやっていたなら背が高いはずだよな?」と思っていただけると嬉しいです。随所に「合宿以来の特別な関係」を忍ばせてあるのも伏線でした。


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― 新着の感想 ―
とても巧みに仕込まれていて、楽しませていただきました。 惜しむらくは、前書きのヒントが親切すぎて、途中でもしかしてと気づいてしまったことで... 前書きはなくてもよかったかもしれませんね。
見事に騙されましたw
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