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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第二章 魔女とヴェルモンド・ウィザードカレッジ
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目立たないように

 ◇



 それから数週間後、施設内で賑やかな送別会を行ったエマたちは、リムダや施設の仲間達、町人達に見送られて田舎町モルドを発ち、王都バルハルムを再訪する。


〝ヴェルモンド・ウィザードカレッジ〟


 最先端魔法科学が集約している近代的な街並みの中で、ひときわ目立つ格調高い赤煉瓦の門。緊張気味にそこを潜り抜けると、その奥には、そこだけが大都市から切り抜かれたかのように緑の庭園が広がり、ところどころにクラシカルな伝統的建造物が立ち並んでいる。


 入学式の前日となるその日は、あらかじめ指定されていた敷地内の寮へ向かい、一夜を過ごす。


 全寮制のヴェルモンドには複数の寮があり、それぞれが持つ潜在的な魔法属性によって自動的に所属する寮が振り分けられる。メルンは『知恵』を司る〝メーティス寮〟、エマは『月の加護』を象徴する〝アルテミス寮〟だ。


 キワモノが集まると囁かれる『闇の加護』の象徴〝ハーデス寮〟に振り分けられなくて本当に良かったと、エマは心底安堵する。


 なお、奇跡的に繰り上がり合格を果たしていたエレーナが、噂のハーデス寮に当たっている。当の本人は、「ハデスといえば、かの偉大な大魔法使いロザリーやアレクサンドリューの出身寮。鬼才な者こそハデスに振り分けられるのよ」と得意満面の笑みで語っていたが、ロザリーもアレクサンドリューも確かに偉大な魔法使いではあるが、黒魔術に傾倒しており、怪しい商売で私腹を肥やしているという黒い噂が絶えない。


 とにもかくにも、同施設出身の三人はここでバラバラに分かれる結果となり、エマにとっては初めての孤独な夜を過ごした後、迎えた入学式当日――。


『ヴェルモンド・ウィザードカレッジ入学式』


 会場となる大聖堂の前で、新しい制服に身を包んだエマは、外套のフードを目深に被り、憂鬱な気持ちでその看板を見上げていた。


(目立たないように、目立たないように……)


 人混みの中で立ち止まり、何度も胸の中で繰り返す。


 入学試験の日から今日まで、何度逃げ出そうと思ったかわからない。


 あのヒッポグリフ暴走の一件さえなければ、きっとそれらしくヴェルモンドの不合格を決め、今頃、別の学校で穏やかな気持ちのまま入学の日を迎えていたか、田舎町モルド内にある非魔法型のごく質素なノーマルカフェで、焼きたてのドゥ・リーヴルにハムと無農薬野菜を挟み、秘伝のスパイスを添えて笑顔で提供する接客業に従事していたに違いない。


 考えれば考えるほど気が滅入るし、今さらながらにふと思うが、これだけ広い学園内だったら、再びあのレイ・グレイスに遭遇する機会は少ないのではないか? だとすればやはり、あの男の脅しに屈さず、いっそのこと逃げてしまえばよかったのではないか? とすら思ったが、その考えを抱いて数秒後、即座にその淡い幻想は打ち砕かれる。


「きゃー! レイ様よ! ヴァン様とシオン様もいらっしゃるわ!」


「まあ本当だわ!! まさか入学初日から御三家を拝めるなんて。ああ、話には聞いていたけれど噂以上の美しさね。眼福だわ……」


 女性の黄色い声が上がったかと思えば、すぐさまそのざわめきは辺り一帯に広がっていき、そこにいる女性達は皆うっとりしたような甘い表情である一点を見つめている。


(で、出た……!)


 彼女達の視線を追った先に、件のレイ・グレイスが颯爽と歩いている姿を認めたエマは、ぎょっとしたように後退る。が、後ろ向きに後退しようとしたせいで、少しでも近くで生のレイを見ようと前のめりになっていた他女子たちに衝突してしまい、勢いよく跳ね飛ばされてしまった。


「わっ」


 足で踏ん張ろうとしたものの、着慣れていない外套の長い裾を踏んでしまったせいで、ヨロヨロとよろけて倒れる。


(いたた……)


 周囲の学生たちから漏れるくすくすと言った笑い声。恥ずかしいし痛いのだが、そんなことよりもうっかり魔法で受け身をとらなくてよかったと、密かに安堵する。


 冷や汗を拭っていると、近くにいた男子生徒から邪険な声を投げられた。


「うわびっくりした! あっぶね、ウィッチなんだったら気配で避けるか、魔法でちゃんと受け身ぐらい取れよ。どんくせえ奴だな」


「ご、ごめんなさい」


 さすがはヴェルモンドの学生だ。動きの鈍い学生に対し、冷ややかなことこのうえない。


 エマは素直に謝罪し、早々にその場を離れようとした。が、しかし――。


「なに劣等生ぶってんだよ」


 聞き覚えのある声に顔が引き攣る。嫌な予感がして振り返ると、やはりそこには、エマを見つけてたいそう機嫌が良さそうなレイ・グレイスが、こちらを見下ろすように立っていた。


「レ、レイ・グレイス……」


 見つかってしまったようだ。いつの間にこんな近くまで歩み寄られていたのか。取り巻き女性陣たちの「きゃあ」「誰よあの女!?」という悲鳴が聞こえてくる。


「先輩相手に呼び捨てとか」


「ご、ゴホン。失礼……グレイス先輩と仰ったかしら。ごきげんよう。そしてさような……ぎゃっ」


「待てコラ」


「(は、離してよっ。みんなが見てるじゃない)」


「(ふーん。逃げずにちゃんと来たんだ。偉いじゃん)」


「(圧力かけてきたのは誰よ……って、それはそうと、『ぶってる』だなんて人聞きの悪い。優秀そうな貴方様とは違って、私は偶然受かっただけのポンコツ魔法使いですから。瞬発力皆無だし、気配を察して避けたりだとか、魔法で受け身をとる高度なテクニックなんてとてもとても……)」


「ふーん。こないだ、あれだけ『いにしえの魔女』顔負けの黒魔法を……」


「まあ大変ッッ! こんなところにモースキットがっ」


 レイの口から重要単語が飛び出すか否かの瀬戸際で、思いっきりレイの口を両手でベシと叩き、そのまま塞ぎ込むようにして群衆に背を向けるエマ。


 背後で「きゃあ! なによあの女! 私のレイ様にっっ」と、阿鼻叫喚の悲鳴が上がれば、その騒音に紛れるようヒソヒソ耳打ちを交わす。


「(ちょっとちょっとちょっと余計なこと言わないでくれる!?)」


「(ぷはっ。おいてめえ、どこが瞬発力皆無だよ抜群じゃねえか)」


「(貴方が変なこと言うからでしょっ。わっ、私が『@×▽◯の魔女』だとか、そそそそそんなのごごご誤解だからっ!)」


「(……。誤解ねえ。肝心な部分ゴニョっててよく聞こえねえし、ずいぶん焦ってるようにしか見えねえけど……)」


 冷ややかに笑い、探るようにこちらを見てくるレイに、エマは薄い汗を滲ませる。


 一体どこまで本気で疑っているのだろうか。見透かしているような瞳に、エマがたじろいで返事に窮していると、


「へー、珍しいですね。あの他人に興味のないレイが、そんなに可愛らしい女性と親しげに密談を交わすだなんて」


 背後から投げられた声に二人の会話は遮られた。


 振り返ると、彼の側近と思しき一人がにこやかな笑みを浮かべて立っている。エマと同じハイトーングレージュの髪をゆるく一つに結んだ、インテリメガネをかけた長身の男性だ。


「うるせえなシオン。別に親しげなんかじゃねえよ」


 レイの一声で名前は『シオン』というらしいことを把握する。彼は「そうですか」と、納得したように見せかけて、邪推するような含み笑いをこぼしている。


(あれは……)


 シオンの外套に施された家紋を見て記憶を辿るエマ。あれは、魔法経済界のトップに君臨する〝リッチモンド〟家の家紋だ。昨今、世に出回っている魔法科学製品は、ほとんどと言っていいほどリッチモンド社のもの。


 王族の血筋であり魔法省を牛耳るグレイス家と、魔法経済界を牛耳るリッチモンド家。絵に描いたような魔法貴族が肩を並べているとすれば……と、エマは視線をシオンの左隣にいる背の低い赤毛頭に移す。


「ヴァンもそう思いません?」


「あ?」


 シオンにヴァンと呼ばれた彼の外套に施されているのは厳格な狼の印。間違いない、かの有名な王宮魔法騎士団『アーレウス』の創始者一族、アレウス家の家紋だ。『アーレウス』は、今や王宮騎士団として、もっとも魔物討伐に貢献している最有力集団であり、剣士を目指す者にとって憧れの存在。その家紋を背負っているということは、おそらく彼自身にも魔法剣術の心得があるのだろう。


 ハネた赤毛に、美しいアンバーカラーの瞳。やや小柄でどちらかというと童顔に見えるが、立ち振る舞いには隙がない。周囲の女性たちがレイだけではなく甘いマスクを持ったシオン、ヴァンに向けて黄色い悲鳴を送っているのも頷ける。


「オレに聞くんじゃねー。つか、んなどんくせー女ほっとけよ。ノロマがうつる」


「ちょ」


 いやしかし、赤毛の男は毒舌がすぎる。見た目とのギャップの大きさに思わず面食らっていると、脇にいた長身のシオンが助け舟を出してくれた。


「はは。女性嫌いのヴァンの毒舌は相変わらずですね。すみません、これはヴァンの病気みたいなものなので、あまり気になさらないでください」


「おいこらクソヒョロシオン! 何がビョーキだ! オレが認める女は〝いにしえの魔女〟ぐれえ強いヤツと、男並みに腕力のあるヤツだけだ! どんくせえ無能は見てるだけで虫唾が走るし大嫌いなんだよ。っつうか、なんかここギャアギャアうるせえし、いいからとっとと中に入ろうぜ!」


 さも穢らわしいものでも見るような目でエマを睨みつけた赤毛のヴァンは、すっと外套の裾を翻すと、きゃーっと甘い歓声を上げる女子生徒たちを鬱陶しそうに押しのけながら、無駄のない動きでさっさとその場を立ち去っていく。


「な、何よアイツ……」


 潔いほど失礼な態度に、もはや怒りを通り越しポカンとするエマ。


「ったく、相変わらず短気なヤツだな」


「ふふ。まあ、そこが面白いところでもあるんですけどね」


 これには、手を焼いている様子でレイとシオンも肩を竦めている。


「……まあいい、まだ始まったばかりだしな。これからたっぷり時間をかけてお前の『秘密』を暴いてやるから、しっかり楽しませろよ?」


 嫌味な笑いを一つ、レイも外套の裾を翻すと、周囲の女性たちの悲鳴を背負いながら大聖堂に向かって歩いていく。無論シオンも、興味深そうな表情のまま軽く会釈を残すと、呆気に取られているエマをそのままに、彼らに続いて去っていった。



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