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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第一章 魔女と受験
7/38

楽しみにしてるわ

 ◇



 騒動があった広間を抜けた二人は、あちこちを駆け巡った末にやがてひと気の少ない裏道に出る。


「ここまでくればもう大丈夫だろ」


 軽く息を切らしながらも、レイは冷や汗ひとつかかずに余裕の表情で呟く。


 この男、スマートな見た目の割に意外と体力があるらしい。


 かくいうエマは、久しぶりの全力疾走に息は切れ切れだし全身は汗だくだった。


「ぜえ、ぜぇ」


 何か言いたいのに、息が切れて言葉が出てこない。


「体力ねえな」


 そんなエマを見て、勝ち誇ったように言うレイ。


 ようやく呼吸が落ち着いてきた頃、エマは抗議するように言った。


「あ、貴方の体力が異常なのよ……ヴェルモンドのウィザードって、頭だけじゃなくて体力まで鍛えてるわけ?」


「んなわけねーだろ。ヴェルモンドはガリ勉の集まりだ。俺は好きで勝手に鍛えてるだけ」


「魔法が使えるなら体鍛える必要なんてないんじゃ……」


「俺にはあんの」


「なんで?」


「俺、そもそもウィザード志望じゃなくて騎士志望だから」


「ふうん……なんか腹たつわね」


 どんなに願っても魔力を持つことが叶わない非魔力者が聞いたら、ひどく顰蹙を買いそうな言葉だ。ただでさえ魔法学校の最高峰ヴェルモンドの学生で、豊かな魔力に恵まれたウィザードだというのに、体力まで持たれてしまっては魔王討伐に向かう勇者や剣士もかたなしだろう。


 助けてもらったことには感謝しているが、なんとなく素直にお礼を言えるような空気じゃなくて、むすっとした顔でレイの整った顔を睨んでいると、彼は溜飲を下げるように嫌味な顔で笑ってみせた。


「さて、と」


「……」


 レイが言葉と体勢を整える。なんとなく嫌な予感がしてさりげなく逃げようとしたエマだったが、掴まれていた手にギュッと力を込められた。


 やはり、逃す気はないらしい。


「これで貸しが二つになったわけだけど」


「そ、そうね。前回のことはともかく、今回のことはその、確かに感謝してるわ。貴方がいなければ大惨事になっていたわけだし……」


 触れられたくない部分を誤魔化すよう、素直に礼を述べてことなきを得ようと画策するエマだったが、もちろんそれを、彼が許してくれるはずもなかった。


 くい、と顎を持ち上げられ、囚われるように双眸を見つめられる。


「礼はいい。――で? アンタ、〝いにしえの魔女〟なの?」


「……っ」


 直球で飛んできた質問に、思わず狼狽するエマ。


 しかし、なんとしてでもバレるわけにはいかない。目を逸らさないよう、やや引き攣りながらもにっこりと微笑んで即答する。


「そっ、そんなわけないじゃない。ただの落ちこぼれ魔力者よ」


「声、裏返ってるけど」


「き、気のせい」


「ふうん。あんだけ強い魔力放っといて、しらを切るんだ」


「しらも何も、そっ、その、私まだ受験生の身分だし。きちんとした指導も受けてなくて魔法の使い方がよく分からないから、さっきのは偶然、体の中の魔力が一気に発散されちゃっただけ……みたいな? おかげで今はもう魔力カラカラで、今日の受験は無理かもだわ」


「……そう」


 なんとも白々しいエマの早口な言い訳に、にっこりと微笑みを返すレイ。


 うまいこと誤魔化せたのだろうか? なんて、調子のいいことを考えられたのもほんの一瞬だけ。


 次の瞬間にはレイがパチン、と指を鳴らしていた。


 導かれるようにエマの懐からヴェルモンド用の試験杖がひょっこりと飛び出し、宙に浮く。


「……!」


「やっぱりヴェルモンドの受験票か。試験番号は……×Z377ね」


「ちょっ」


 今日イチ嫌な予感がする。エマ慌てて受験票を取り戻して隠そうするが、杖を掴もうと両手を伸ばそうとも、ひらりひらりと躱されてうまく捕まえることができない。


「ちょっと、か、返してよ」


「来るんだろ? ヴェルモンドに」


「ど、どうかしら。た、確かに、一応受験票はあるけど、そう簡単に受かるわけないし」


 爽やかなレイの笑顔に、ダラダラと冷や汗をかきつつなんとか微笑んで返すエマ。


 大丈夫だ。受験生であることがバレたからといって、どうなるわけでもない。


 そう思うエマだったが、間髪入れずにレイは答えた。


「知ってる? ヴェルモンドの受験って、受験票――試験用杖――を握った瞬間から始まってんだよね」


「……え」


「試験当日だけじゃ正確な魔力は測れないから、受験票を受け取った瞬間から、試験当日の受験票を回収されるまでに、受験者がこの杖を使用して使った魔力が全て蓄積されて判定に回される。つまり……さっきその杖を使って、あれだけ強力な魔力を放ったアンタは十中八九ヴェルモンドに合格する。杖が青く光った段階で、合格は決まったも同然だ」


「う、ウソ!?」


「嘘だと思うなら午後にある受験はサボればいい。すでに合否は出てるだろうしな」


 飄然とした顔でそう言い切ったレイは、すい、と指で示して杖をエマの手元に戻す。


 半信半疑で受け取ったヴェルモンド用の試験杖は、先ほどまでのただの棒切れとは違い、キラキラと淡い青色の光を帯びていた。


(う、ウソでしょ――!?)


 愕然とするエマ。レイのいうことが本当かどうかはわからないが、この状況において彼が無用な嘘をつくとも思えない。


 また、ヴェルモンドの合否判定は各スクール、あるいは各施設宛に通達が届くことになっているため申請者である施設長リムダにも当然その結果が知られる。隠し通すことはまず無理だ。


「注目度が高いヴェルモンドの合否は大々的に公表される。不自然に入学を蹴れば、否が応でも世間の注目を浴びることになるだろうけど……まさか落ちこぼれの受験生が、ヴェルモンドの入学を蹴るなんてことはないよな?」


「う……」


「まあ、『特殊な事情』があれば別だろうけど……貸し二つも返してもらわないとだし。もし万が一にでも、アンタが入学辞退するようなことがあれば、『特殊な事情』がなんなのか、さぐり入れて周囲にバラしちゃうかもしれねーな」


「なっ」


「じゃ。アンタがうちのカレッジにくるの、楽しみにしてるわ」


 まるでちょうど良い暇つぶしを見つけたかのような、そんな嫌味な笑いを一つ、レイは恐ろしい言葉を置き去りにしてその場をさっさと立ち去っていく。


 取り残されたエマは、打ちひしがれたようにその場に蹲った。



(さ、最悪だわ――!!!!!)



 一難去ってまた一難。手を抜いて不合格になる予定がとんでもないことになってしまった。


 相手はグレイス家の人間であり、ヴェルモンド・ウィザードカレッジのトップクラスに在籍する生徒。教師陣、生徒群両方の認知度や人望もそれなりにあるだろうし、無名のエマがいくら否定しようが反論しようが、相手が彼じゃ分が悪すぎる。


 果たしてエマは、無事にこの修羅場を潜り抜け、普通の人間として穏やかな暮らしができるのだろうか? 


 前途多難な人生が、今、幕を開けようとしていた。




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