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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第一章 魔女と受験
6/38

捕まりたいわけ?

 ◇



「これは……」


 メルンの受験票をつまみ上げながら、エマは一つの仮説を立てる。


 誰かがメルンの鞄から試験用魔法杖を盗み、このヒッポグリフの首輪裏に隠した。


 ヒッポグリフが動いた際、杖がずれて、首筋に傷がついた。


 驚いたヒッポグリフが暴れ出し、他の馬車馬に衝突して、この騒動を引き起こした。


 こんなところだろうか。


 メルンの鞄はずっと自室内にあり、部屋の扉には鍵がかかっていた。施設を出てから今まで肌身離さず持ち続けていたが、馬車内では傍に置いて参考書を読み耽っていたため、受験票を抜かれていても気づかなかった可能性はある。もちろん、エマは自分自身が潔白であることを身をもってわかっている。


 つまり、あまり不用意に疑いたくはないのだが、エレーナが馬車内で盗み、降車の際にヒッポグリフの首輪裏に隠したと考えるのが妥当だった。


 ため息をつきつつ、エマはヒッポグリフの首筋を撫でる。


「ごめんね。魔法で治してあげたいけど……私にはできないの」


 いにしえの魔女はあらゆる高等魔法を操るが、唯一、扱えない魔法がある。


 聖女の区分である、回復系の魔法だ。


 鞄から取り出したハンカチを首輪の隙間に挟み、せめてもの傷あてとする。


「お、おい、今の見たか?」


「見た見た! 漆黒の壁……あれ、相当強力な黒魔術だぞ」


「ま、まさかあの娘〝いにしえの魔女〟じゃないだろうな?」


「いにしえの魔女!? まっ、まさか! なんでそんな高潔魔力者がこんなところに!?」


「ど、どっちでもいいから通報だ! もし〝七代目・いにしえの魔女〟なら懸賞金が出るぞ!」


 しかし、それ以上の手当を施している暇はなかった。振り返ると、場が騒然としている。


 エマが使用した魔法に注目が集まっているのだろう。称賛で賑わったレイの時と違って、懐疑的な声が上がり始めている。


 ――まずい。


 エマは唇を噛み締めると、自分の傍らで呆然と立ち竦んでいたメルンに向き直り、まずはヒッポグリフから回収した彼女の受験票を手渡す。


「メルン。ヴェルモンド用の受験票、見つかったよ」


「……!」


「これで安心してハンス魔法学校の試験が受けられる。受付終わっちゃうから、早く行っておいで」


「え、でも、エマは⁉︎」


「私は……」


 エマが言いかけた時、広場の奥から白馬に乗った魔法警察隊が現れるのが見えた。


 さすがは魔法警察隊。移転魔法でも使ったのだろう、駆けつけるのが早すぎる。


「こっちです! こっちに、怪しい黒魔術を使う娘がっ」


 野次馬の男に人差し指を向けられ、青ざめるエマ。


 とにもかくにもメルンを巻き込むわけにはいかない。エマは彼女の背を強く押す。


「いいから急いで!」


「でもっ」


「大丈夫。午後には絶対、ヴェルモンドの試験会場に向かうから」


 この修羅場を無事に潜り抜ける自信はなかったけれど、メルンを安心させるようにそう微笑めば、彼女は泣きそうな顔でこくりと頷き、


「ありがとうエマ、必ずよ」


 それだけ言い残し、歯を食いしばって走り出した。


 メルンの背が小さくなり、やがて角を曲がって見えなくなると、エマはほっとしたように胸を撫で下ろす。そして、こちらに向かって颯爽と駆けてくる白馬をぼんやりと見つめた。


 ――ああ、終わった。


 魔法警察は、七代目となる〝いにしえの魔女〟の捜索に懸賞金をかけるほど力を入れている。


 疑わしきは捕まり、あらゆる鑑定が行われ、確実に〝いにしえの魔女〟であることが暴かれるだろう。


 これだけ目撃者がいれば、この場から逃げ切ることも難しい。


 エマは覚悟を決め、杖を下ろす。


 無駄な抵抗はせず、捕縛されるであろうその時を大人しく待とうとした――その時のことだった。


 ぐん、と腕を引かれて、エマの視界が揺れる。


 何事かと背後を振り返ると、レイ・グレイスが反対側の腕に持った魔法杖で大きく宙を切るところだった。


「時よ止まれ、滞在(フェアヴァイレ)


「⁉︎」


「消し去れ――忘却(オブリーオ)!」


 驚く間もなく放たれた制止魔法と、忘却魔法。白い輝きが辺り一帯を駆け抜けるように広がり、それまで騒いでいた群衆たちが一瞬動きを止めた後、ハタ、と、我に返ったように静まり返った。


「……あれ?」


「ん? 俺たち、何してたんだっけ」


「えーっと……ああそうそう、ヒッポグリフの暴走があって、銀髪の青年が魔法で止めてくれて……」


「魔法警察だ。通報者は君か? 魔女が出たと聞いたが……」


「魔女?? 通報?? うっ、す、すみません。俺、何か勘違いして……」


 引き返してきた白馬の隊員に問い詰められ、困惑したように頭を掻きむしる通報者。周囲にいた人間たちも、エマの魔法のことだけは完全に忘れ去ってしまったかのように、記憶の改竄に戸惑っている。


「ちょ、貴方、今――」


「行くぞ」


「え⁉︎ 行くってどこへ」


「決まってんだろ、逃げんだよ」


「に、逃げる⁉︎」


「せっかく忘却魔法をかけたのに、お前の顔を見たら思い出しちまう奴がいるかもしれねえだろ」


「そ、それはそうだけど、で、でも」


 レイの申し出に、エマは戸惑う。


 これだけたくさんの人間に向かって制止魔法や忘却魔法を使ったことがバレたら、この男だってタダでは済まされないはず。


 それに、そもそも彼は由緒正しきグレイス家の人間だ。禁忌を破ることはおろか、この場から魔女疑惑のある娘を連れて逃げ出すだなんて――。


「でもなんだよ?」


「だ、だって貴方、グレイス家の……」


「家柄関係ねえだろ。このままここにいて捕まりたいわけ?」


「……っ」


 それは嫌だ。


 繰り返し見てきた前世の破滅エンドが脳裏に過り、エマは唇を噛み締めて、首をふるふると横に振る。


「じゃ、四の五の言わずとっとと走れ」


「わっ」


 掴んでいた腕を離し、無理やりエマの手を取って走り出すレイ。


 レイのまるで優等生とは思えない破天荒な解決方法に心底戸惑いながらも、エマは彼の背中を必死に追いかけた。



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