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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第一章 魔女と受験
4/38

覚えといた方がいい

 ◇



 王都バルハルムに到着し、馬車を降りた三人。


 これから三人は、二手に分かれて第二志望校の受験に挑むこととなる。


 メルンとエレーナは『ハンス魔法学校』、エマは『クレスト魔導学院』。


 御者に乗車代を払い、それぞれがそれぞれの学校がある方角へつま先を向けた……その時、ふいにメルンが「あれ」と、焦りを滲ませるような声を上げた。


 メルンはその場に立ち止まり、自分の鞄の中を必死に漁っている。


 何かあったのだろうか? 怪訝に思ったエマは、振り返ってどうしたのかと尋ねる。メルンは青ざめた顔でポツンとこぼした。


「ないの」


「え?」


「ヴェルモンドの受験票がないの」


 思いもよらないメルンの発言に、エマは目を見開く。


 置き忘れてきたのだろうか? いや、そんなはずはない。今朝、エマはルームメイトのメルンと一緒に持ち物の確認をし、その時に確かに彼女は受験票を鞄の中に入れていたはずだ。


 乗車賃の支払いはまとめてエマが担当することになっていたため、メルンはそれから一度も鞄を開けていない。


「落ち着いて。もう一度探してみよう」


 そう声をかけて一緒に鞄の中を確認したものの、やはり彼女の鞄の中には受験票である試験用魔法杖が入っていなかった。


「どうしよう……」


 何かの拍子に落としたか、あるいは盗まれたか。


 考えられるパターンはそれぐらいだが、穴ひとつない彼女の鞄から受験票だけがポロリとこぼれ落ちるとは考えにくい。だとすれば……と、自然と視線が向いた先は、とある人物のもと。


 物言わずこちらを見てほくそ笑んでいるエレーナだ。


(エレーナ、まさか……)


 彼女の不敵な笑みを見て、嫌な予感がするエマ。しかし、確実な証拠があるわけでもないのに闇雲に疑うわけにもいかないし、犯人探しをしているような時間的余裕もなかった。


 困り果てたように顔を見合わせるエマとメルン。


「もう時間がない……。私、ハンス魔法学校の受験を諦めて、ヴェルモンドの受験票を探そうと思う」


「だめだよ、そんなの。万が一、受験票が出てこなかったら、第一希望も第二希望も受験できないまま不合格になっちゃうじゃない」


「それはそうだけど、でも……」


「私が探す。だから、メルンは予定通りハンス魔法学校を受けてきて」


「……!」


 驚いたようにエマを見つめるメルン。


「そ、それこそだめよ! そんなことをしたら、エマのクレスト魔導学院受験はどうするの?」


 もちろんメルンは、すぐさまその申し出を辞退しようとしたのだが……。


「クレスト魔導学院は特殊な事情があった場合にのみ、予備日での再受験が可能なの。今回の事情が認められるかはわからないけれど、リムダに正直に話して、なんとか予備日の方で受験させてもらえないか、頼んでみる」


 エマの申し出に、メルンはなおも「でも」と戸惑っていたが、「大丈夫だから。私の受験票はちゃんとあるし、午後のヴェルモンドの受験も精一杯頑張るつもり。だから、とにかくここは私に任せて」と、少し強めに背を押してやると、メルンは目を潤ませながらも唇を噛み締めて頷いた。


「ありがとう、エマ。甘えていいのかわからないけど……でも、エマの気持ちを無駄にしたくない。私、行っていいのかな?」


「もちろんよ。ほら、エレーナも行っちゃったし、メルンも早く行かないとハンス魔法学校の受験受付に間に合わなくなっちゃう」


 エマの最後の一押しに、強く頷きを返すメルン。


 彼女は意を決したように踵を返し、ハンス魔法学校を目指して駆け出そうとした。――が、しかし。


「きゃっ」


「……!」


 その際、死角となっていた方向から現れた通行人にメルンが激突。衝突をした二人の目の前に、茶色い液体が派手に飛び散った。


「だっ、大丈夫メルン⁉︎」


 慌ててメルンの元に駆け寄るエマ。しかしメルンは、自分のことよりも……と、青ざめた表情で目前の男を見上げている。


 見やればそこには、ヴェルモンド・ウィザードカレッジの生徒であることを示す黒の外套を身に纏った銀髪の美しい青年が艶やかに水滴を滴らせて立っていた。


 どうやら手に持っていたドリンクを衝突の弾みでぶちまけ、頭から被弾したらしい。


「ごっ、ごめんなさいっっ」


「……」


「あ、あの、その、急いでいて……本当にごめんなさい」


 冷や汗を垂らしながら平謝りするメルン。男は色気のある仕草で髪の毛をかきあげながら、窘めるように呟いた。


「急いでいて、ねぇ」


「そのっ、これから魔法学校の受験なんです。クリーニング代、お支払いしますので、どうかこの場は……」


「別にいいけど。でもこれ特殊な生地使ってるから、クリーニング代っていってもかなり高額になると思うけど……本当に払える?」


「えっ。えっと、高いってどれくらい……?」


「貴族用ドレス一着分ぐらい」


「⁉︎」


「なっ」


 顔色一つ変えずにいう男に、メルンはギョッとしたように目を剥く。それは、一般的な庶民がひと月無休で働いたとしても到底稼げるような額ではない。


 エマは言いがかりだと反論しようとしたが、思いとどまった。


 確かにヴェルモンドの制服や外套は、簡単には模倣されないよう特殊な素材があしらわれていると噂されている。


 特に、男が着ているものは通常のものより少々凝ったデザインの外套。それが高価な素材によって特注で作られたものであることは、目に見えて明らかだった。


「そ、それは、その……」


「その?」


「えっと、うう……」


 当然、孤児院暮らしのメルンにはそんな貯蓄はない。困り果てたように口ごもる彼女に、男は――。


「魔法学校ってのは不測の事態に陥っても機転の利く切れ者揃いで構成されているはずだけど、そんなんで受験に挑むとか大丈夫?」


「……っ」


「不用意な発言は身を滅ぼすってこと、覚えといた方がいい」


 冷ややかにそう呟くなり、懐から取り出した魔法杖を軽やかに一振りして、ずぶ濡れになった全身を一瞬のうちに元の通りに修復してみせた。



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