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Epilogue

 ✤ ✤ ✤




「ちょっと待ちなさいよレイ・グレイスーーーーっっ!!」




 ――その男は、名門ヴェルモンド・ウィザードカレッジの片隅、教会棟の屋根上に腰掛け、眼下をただ静かに眺めていた。


(エマ……スカーレット……)


 彼の視線の先にあるのは、食堂前広場から飛び出し、むくれたように叫ぶハイトーングレージュのロングヘアがよく似合う美しい少女、エマ・スカーレットの姿。


 彼女を見つめる彼の、緩やかに靡く金色の髪は風に吹かれるたび時折黒い影を落とし、長い前髪の下に覗く双眸は、今日も魔性を思わす緋色の輝きに満ちていた。


(七代目、いにしえの魔女、エマ・スカーレット……)


 彼はエマの動きを目で追いながら、改めてその事実を歓迎するよう口元を綻ばせる。


(やっと……見つけた)


 長い旅路だった、と、心底嘆息したい気分だ。


 先代が口説き落とす間もなく死に別れ、散々探すに探し回って、ようやく今世で巡りあうことができた。


 未来を予期する魔道具の『啓示』を信じ、身分を偽証してヴェルモンドに潜入。魔族独特の気配や魔力を徹底的に押し殺して五年間も留年し続けたのはある意味賭けのようなものだったが、その苦労は無駄にはならなかった。


 一日でも早く、一分一秒でも早く邪魔な奴は消し去って、彼女をこの手に抱きたい。


 男は、その強固な思いを胸の内に燃やしてから、屋根上よりひらりと飛び降りる。


 差し当たり、自分がすべきことはなんだろうと考えて、いの一番に思いついたことは言うまでもなかった。


(レイ・グレイス……邪魔な奴……)


 その名前を思い浮かべれば、憤りとも屈辱ともとれぬ強い不快感が全身を駆け巡る。


「……」


 せっかく、魔水晶の力を使って彼女に所縁がある女を操り、眷属達の復活やその他、物事を意のままに進めようと思ったのに、とんだ邪魔が入ったものだ。


 思い出せば思い出すほど腸が煮え返ってくる。


(だめだ……心を落ち着かせないと)


 感情が昂れば、魔力が昂れば、ともすれば変装魔法が溶けて、ありのままの姿が曝け出されてしまうかもしれないし、その瘴気を誰かに気取られてしまう可能性もある。


 男は長い息を吐き出して、なんとか精神を安定させるよう努めた。


(まあいい……。『いにしえの魔女』であることの確認はできたんだ。それだけでも、現時点では上出来だと思うことにしよう)


 魔族の血が滾るような、甘く蕩けるような彼女の血の味を思い出して溜飲を下げ、いざ、学舎内に戻ろうとしていたところ、


「へえ。アンタって、見かけによらず随分身軽なんだな」


「……っ!」


 唐突に背後から声をかけられ、男は、ハッとしたように振り返る。


 ――そこにいたのは、当本人、レイ・グレイスだ。


 いつの間に背後を取られていたのか。自分にとって不快でしかないその存在が、腕を組み、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


(くそ……)


 まだ覚醒前とはいえ、自分には魔族としてそれなりの力がある。だというのに、まるでこの男からは『気配』というものを感じ取れなかった。


 噂では魔法だけでなく剣術の心得もあるそうだから、隙のなさは顕著。やはり侮れない存在だ。


「やあ。レイ・グレイス……」


「よう。ロア・V・イサーク」


 自分の仮の名をフルネームで呼ばれ、ますます嫌悪感が増す。


 しかし極力感情は抑えなければならない。男は平静さを保つよう、普段通りの声色で続けた。


「全然気づかなかった。いつからいたの?」


「さあ? 瘴気を感じて出元を確認していたら、偶然アンタが空から降ってきたって感じか」


「……」


「まあ、ついでだし丁度いい。晴れて在学が継続になったアンタに、ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど」


「確認しておきたいこと? ……なに?」


 訝しげに首を傾げれば、レイ・グレイスはいつもの飄然とした表情のまま、その疑問を口にした。


「くだんの祠で……バジリスクと対峙して、アンタを背負いながら走った時のことなんだけど」


「……」


 男は、言われた通りにその場面を思い返す。


 ワイバーンが眠る祠で、自分は気を失って倒れており、レイ・グレイスはその自分を背負って、今にも閉まりそうな扉に向かって走っていた。しかしその途中、彼は突然よろめき、その拍子にバジリスクの毒攻撃を喰らって瀕死に陥っていたはずだ。


「あの時……一瞬、目眩がしたんだよ」


「……」


「アンタ、俺に睡眠の魔法をかけただろ?」


 ――バレていた。


 図星を指摘され瞠目するも、真実を包み隠すよう、男は繕った微笑みを浮かべる。


「まさか。濡れ衣だよ」


「そう? ならいいけど。本当はアンタ、ずっと起きてたんじゃねえかってそんな気がして」


「……」


 ――ああ。この男はやはり、どこまで不愉快なのだろう。


 男は込み上げる殺意を必死に堪えながらも、あくまで平然と、一介の学生らしく振る舞った。


「酷いなあ。そんなことして僕になんのメリットがあるの」


「メリット、か」


「ないでしょ。いつから君がいたのかは記憶にないけど、あの祠で君に倒れられて困るのは僕やエマだ。意味もなくそんなことするわけ……」


「もしもエマが『いにしえの魔女』で、アンタがそれを追い求める『何者か』だったら?」


「――!」


「メリットは確実にあるだろ」


 ――やはり、この男は侮れない。


「なんのことかさっぱり……」


「さっぱり、って顔には見えないけどな」


「気のせいだよ。そもそも、エマが『いにしえの魔女』だなんて考えたこともないし、『何者か』っていったいなんだっていうの?」


「……」


「答えられないじゃない。僕みたいな窓際の留年学生が『何者か』になんか、なれるはずが……」


「『新生魔王』」


「…………」


「――とか?」


 口の端をつりあげるレイ・グレイスに、男は……ロアは、一瞬、その表情から笑顔を消し去った。


(こいつ……)


 二人の間で冷ややかな視線がぶつかり、緊迫した空気が流れる。


 しかしすぐに、ロアは貼り付けたような笑みを浮かべて、その空気を打ち破った。


「面白い冗談言うね、レイ・グレイス」


「バジリスクの毒で、脳みそおかしくなったのかもな。まあ、エマが『いにしえの魔女』だなんて、そんなこと、あるわけねーけどな」


「……」


 ――嘘だ。


 こいつはきっと、気づいている。ロアの正体同様、七代目となる『いにしえの魔女』の正体にも。


「当たり前じゃない。エマはエマだし僕は僕だよ」


 ロアは静かに目を細め、穏やかに受け流す。レイ・グレイスはそれ以上の言及は避け、ふっと笑ってから、身を翻した。


「そう。ま、アンタが何者だろうが、エマを渡すつもりはねえ」


「……」


「変な真似しやがったらぶっ潰すから。それだけは覚えといて」


 そんな圧力ともとれる言葉を残し、レイ・グレイスは学舎に向かって歩き始める。


(やっぱり……こいつ、嫌い)


 背を向ける直前に見た彼の目は、過去に先代魔王を封印した『()()』の目と同じ輝きをしていた。


 ロアはそんなどうでもいいことを考えながら、銀髪の男に背をむけて、その場を立ち去ったのだった――。







 ―いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい(了)―



お読みいただきありがとうございました!

初めて挑戦した異世界もの(西洋風)でお見苦しい点もあったかとは思いますが、最後までお付き合いいただけましたこと、心より感謝申し上げます。

こちらの物語はここで一旦完結となりますが、場合によっては続きもある……かも?

これからも精進してまいりますので、また気になる作品がございましたらお付き合いいただけますと幸いです!

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