下された処分
◇
ヴェルモンド・ウィザードカレッジの学園長室にて、エマを含む事件関与者の四名が再び顔を揃えたのは、課外学習が終わってから三日後のことだった。
「今日、あなた方をここへ呼んだのは他でもありません。先日の騒動について、魔法警察から上がってきた捜査結果報告書を元に、我がカレッジ内でも審議を重ね、それぞれの処分を決定しました」
学園長が座るエグゼクティブデスクの傍らに立ち、向かい合うエマたちに毅然とした声でそう告げたのは、ヴェルモンドの副学園長であるヒルダ・イザベルタだ。気品のある顔立ちに、きっちりと切り揃えられた白髪の前下がりボブがよく似合う彼女は、生徒たちの間でも清く正しく厳しすぎる鬼教師として評されている。
「レイ・グレイス」
「……はい」
「教員からの指示のもと現場に残り、キャンプ地に出現した魔物の追跡、および、不審人物の特定、危険生物の駆除等。いずれにおいても、我が校の首席学生として見事な働きをしてくれました。労いとして五千スコアを付与します」
張り詰めた空気の中、先陣を切ったのはやはりレイ・グレイスだった。教員の指示に背いて勝手な行動をとったエマたちとは当然評価が違う。
レイはただ黙ってそれを聞き入れ、会釈と共にヴェルモンド式の敬礼で応じた。
「次に、エレーナ・クレアローズ」
「はい……」
「今回の件について、禁断の森にて危険生物の封印を解き、メルン・アンジェリークになりすましてワイバーンを蘇らせるなど、騒動の原因を作った張本人であることに間違いはないですね?」
「……はい」
「当然、許される行為ではありません。本来であれば即除籍処分となるところですが……」
「……」
「関係者からの証言や魔法警察の捜査結果によると、貴女は不審な水晶の存在によって何者かに操られ、不可抗力の状態に陥っていたことが確認されています」
「……!」
「情状酌量の余地はあるものの、不審物を見つけた時点で速やかに担当教員へ相談・報告しなかったこと、誘惑に負けてそれを使用してしまったことには貴女にも負うべき責任がありますので、全てを勘案した結果、今回は一定期間の『停学』として、この件を処分することが決定しました」
「……………っ」
「無論、相応のスコアも減点となります。己の過ちをよく見つめ直し、謹んでカレッジ生活を再スタートするように」
ヒルダからの通告に、驚きの表情を浮かべるエレーナ。
おそらく彼女は、ことの重大さを考えて『停学』ではなく『除籍』になることを覚悟していたのだろう。想定外の寛大な処分に、エレーナは唇をかみしめて目を潤ませた後、「はい」と、返事をしてみせた。
重い処罰であることには違いがないのだが、除籍にならずにひとまずはほっとするエマ。
ヒルダも頷き、横一列に並んだメンバーのうち、今度は一番端にいるエマとロアに視線を投げた。
「そしてエマ・スカーレットおよびロア・V・イザーク」
「はい」
「……はい」
「理由はどうあれ、教員の指示に背き秩序を乱す行動をとったことは、知性と冷静さが求められるヴェルモンド生としてあるまじき行為です。たとえその後、凶悪生物を大きな被害なく討ちとったとしても、それは単なる奇跡と幸運が重なってことなきを得ただけのこと。今後は二度と、身勝手な行動はしないように」
厳しい目を向けられ、神妙な面持ちで頷くエマとロア。ヒルダは頷き、言葉を続ける。
「厳重注意として、三千のスコア減点を命じます」
除籍でも停学でもない、スコア減点の処分。厳格なヴェルモンドにおいて、妥当な処罰といえるだろう。
エマはまだ入学したてのため、スコアの積立がない。言い換えれば、出だしからいきなり『マイナス三千スコア』の状態になってしまったというわけだ。
「はい……」
ヴェルモンドではスコアがマイナス三千点に到達すると謹慎あるいは停学処分、五千点に到達するとカレッジ内審議後、よほどの免除理由がない限り『退学処分』が言い渡されることになっている。
もしや謹慎、あるいは停学処分……? と、額にじわりと冷や汗を滲ませたエマだったが、ヒルダは厳格な表情を崩さないまま「ただし――」と、補足を付け加えた。
「ただし、です。あなたたち二人には課外学習の二日目に開催されたイベント、トライアルマッチにて取得したポイントがそれぞれ二千点ずつあります。それを相殺すると……エマ・スカーレット、あなたのスコアはマイナス千点ですので、今回はこれといった処罰は設けませんが、入学早々それほどの負債を抱えるだなんて前代未聞です。必ず反省文を書いて担当教員まで提出するように」
「……! は、はい」
すっかり忘れていたが、そういえばトライアルマッチにて、開幕の爆撃を避けたり、格上の上級生であるヴァン・アレウスに一撃喰らわしていたっけ、と、今さらながらに思い出す。
明かな技量の差がある分、下級生が上級生に対して一発でもダメージを与えられれば相当なスコアになるとは聞いていたが、まさかこれほどとは。相手が単なる上級生ではなくあのヴァン・アレウスだったことにも、加点措置が働いたと考えるのが妥当だろう。お陰で大きな命拾いに繋がったようだ。
「エマ・スカーレットに関する処分は以上です、が――」
エマがひとまずほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、
「ロア・イサーク」
ヒルダはここで、神妙な声色でロアの名を個別に呼んだ。
「はい」
「残念ながら貴方には、今まで積み重ねてきた留年分の減点スコアがあります」
「……」
「……!」
指摘を受けて無言で頷くロアと、ハッとしたようにロアに視線を移すエマ。
ヒルダはあくまで公正な処分を下すよう、その先を続けた。
「今までの累計がマイナス四千点。今回の分がさらにマイナス千点」
「……」
「う、うそ……」
「嘘ではありません、エマ・スカーレット。ロア・イサークは、今回の件で減点が五千点に達したため『退学処分』の対象となり、カレッジ内審議後、これといった意義がなければ、正式な退学処分が下されます」
「そんなっ!」
エマはサッと顔色を青ざめさせ、前のめりになってヒルダに懇願する。
「ま、待ってください先生。第五キャンプを離れて、不審人物を追おうと持ちかけたのは私です。ロアくんは私に付き合ってくれただけで、決して彼が悪いわけじゃ……っ」
眉一つ動かさないヒルダに必死に抗議するも、彼女はエマの興奮を一蹴するよう、毅然とした態度で言い放った。
「エマ・スカーレット。これは連帯責任です」
「……っ」
「いかなる事情があれ、最終的に己で判断して行動に移したのはロア・イサーク本人です。処罰にも例外は認められません。バディを組んでいるのならなおさら、理解しておくべきことですよ」
それを言われてしまっては、何も言い返せない。
分かってはいたけれど、その一言で認めたくない現実を無理やり突きつけられてしまったようで、エマは膝から崩れ落ちそうになった。
「エマ……」
ロアはそんなエマをソッと支え、中央にいるエレーナは申し訳なさそうに俯き、そして列の反対側にいたレイは、ただ押し黙って成り行きを見守っている。
「カレッジ内審議は明日行われます。万が一、処分に正当な異議申し立てや『その他、考慮すべき事情』がある場合には、正式な手続きを経て、本日中に申し出ること。なにもなければ審議はそのまま進められます。……いいですね?」
ヒルダからの念押しに、 ロアは視線を落とした後、納得するよう静かにこくんと頷いた。
「……はい」
「ろっ、ロアくん!」
「では解散します。エレーナ・クレアローズはこのまま残り停学の手続きを。レイ・グレイスとエマ・スカーレットは通常講義に戻り、ロア・イサークは明日の結果が出るまで、自由講義とします」
「ま、待ってください先生! お願いです、私のスコアを引いても構いませんから、どうかロアくんの退学処分だけはっ」
「エマ……もう、いいから」
「でもっ!!」
「僕は大丈夫。だから……行こ?」
「……」
エマの訴えも虚しく、処分が揺るぐことなくその場は解散となる。
ロアに宥めすかされるように学園長室を鎮痛な面持ちで出ていくエマ。それを静かに見つめるレイは、最後まで何も言わなかった。
だが、去り際――。
「レイ・グレイス」
「……? はい」
ヒルダの傍らに座りそれまで黙っていた学園長のアラン・ヴェルモンドが、唐突に口を開く。
アッシュブラウンのオールバックヘアにインテリメガネ、歳は五十ぐらい。彫りの深い顔立ちの、まだ若き学園長だ。彼は物静かながらも鋭い眼光を放つ切れ長の瞳をまっすぐにレイに向けると、たった一言、念を押すように彼に告げた。
「事件当日、教員からの指示を受けて現場に立ち、騒動の鎮静化に伴う一連の動きを実際に目の当たりにした中立的立場の人間は、君だけです」
「……」
「我が校の首席学生として、しかるべき判断と行動を。……あとは任せましたよ」
「……はい」
それがどういう意図で交わされたやり取りなのかはわからない。
去り際、アラン、そしてその傍でやり取りを見守るヒルダと目があった首席学生の彼は、何を思うのかゆっくりと会釈をし、そして静かに、部屋の扉を閉めた。




