共闘
◇
「グオオオオオッッ」
轟くような哮りをあげて、地面をのたうち回るワイバーン。
エマの放った魔法はワイバーンの上半身に直撃し、図体の一部を抉るという大打撃を与えたのだが、やはりそう簡単に倒せる相手でもない。
ワイバーンはゆらりと起き上がると、より殺気立った顔でエマを一瞥し、口の中で何かを燻らせる。
炎を吐く気だ。エマは慌てて防御魔法で対抗しようと身構えたのだが、エマが詠唱を始めるより早く、背後から全身を刺すような激しい冷気が駆け抜けていった。
「凍て尽くせ――氷撃!」
標的に向かってまっすぐに伸びた夥しい冷気は、やがて氷塊となってワイバーンの顔面に直撃。塊は瞬く間に相手の口元を強固な氷で覆い尽くし、ワイバーンの炎撃を塞ぎ込んだ。
「……!」
文句なしの威力と命中率。まるでクアージとは思えないその腕前に、まさかと思ってエマが振り返ると、やはりそこには、やや覚束ない足取りで魔法杖を構えるレイ・グレイスの姿があった。
「レイ・グレイス!」
「くそ……。まだ毒が抜け切らねえ……」
「ちょ、貴方、大丈夫なの!?」
「まあ、なんとか……」
なんとか、とは言うが、レイの顔色はお世辞にもいいようには見えない。
寝ていればいいのにとエマの苦情が飛ぶより早く、彼は先手を打つよう言葉をぶつけた。
「無茶なことしてんのはお互い様だし、へばってる場合でもねえだろ」
「それはそうだけど……!」
「それより、ワイバーンの弱点はツノだ。俺がアイツを正面から食い止めるから、その隙にお前は、アイツの『ツノ』を狙え」
「ちょっ。食い止めるってその体で!?」
「ああ。誰かさんのお陰で、さっきよりいくらかはマシになってるし、毒が完全に抜け切ったらすぐに自己ヒールするから問題ねえ。本当は俺がツノを狙えればいいんだが……生憎このザマじゃ、魔力不足でへし折るまでは無理だろうからな」
レイの冷静な分析に、エマは否定ができなかった。
先ほど自分が放った闇魔法の手応えからしても、相当のダメージを与えなければ、ツノ一本討ち取ることすら難しいだろう。
「とにかく今は、余計なことは考えなくていい。命が惜しけりゃ死に物狂いでアイツのツノを潰せ」
「わかった!」
レイの体調と負担を考えると少し気は引けたが、他に妙案もない。今はワイバーンを倒すことだけに集中しよう。
エマは横目でチラリとエレーナの位置を確認する。彼女はエマの言いつけ通り柱裏で大人しくこちらの動向を見守っていた。
これだけ距離があれば問題はないだろう。エマは安心したように杖を握りしめて身構える。
するとすぐさま、レイが地を蹴って前に出た。
とても毒を抱えた負傷者とは思えない、力強い走りでワイバーンに接近したレイは、杖を魔法の剣状に変え、肉弾戦で相手の気を引くよう果敢に切り込んでいく。
ワイバーンがレイの動きに気を取られて攻撃を始めると、エマも素早く走り出し、勢い任せに相手の背中によじ登った。
そのまま揺れに乗じて這い上がり、額の中心に生えているツノを背後から狙おうと思った……のだが。
「グオアアッッ」
「……!!」
首筋あたりに差し掛かったところでワイバーンに勘付かれ、上体を激しく揺さぶられて振り落とされる。
「……っ」
地面に叩きつけられた衝撃もさることながら、ズキンと、思い出したように痛む左腕。たまらずエマの額に冷や汗が滲んだ。
「く……」
だが、痛がっている場合でもない。ワイバーンはレイと激しい攻防戦を交わしながらも、接近するエマの存在を排除しようと、翼や後ろ足を使って休む間もなく攻撃してくる。
身を捩って必死にそれを躱すエマ。しかし、次いで目にも止まらぬ速さで飛んできた鋭い尻尾には反応しきれず、もはやこれまでかと被弾を覚悟してぎゅっと目を瞑った……のだが。
「……!?」
何者かに背後から強く体を引き寄せられ、視点が定まらないうちに、エマの体が誰かの懐にすっぽりと埋まった。
「 跳ね返せ!」
耳元で聞こえた呪文。自分の背後より伸びた腕から強い魔力が放たれ、ガンッッとワイバーンの尻尾が弾かれた。
まるで予想だにしていなかった展開に、恐る恐る背後を振り返ってみると、そこには――。
「ろ、ロアくん!?」
右腕で魔法杖を構え、左腕でエマを抱き寄せ、乱れた前髪の隙間から緋色に光る瞳でワイバーンを冷ややかに見つめているロアが、そこに立っていたのだった。




