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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第四章 魔女と渦巻く陰謀
30/38

正体

 ◇



 鍵穴から見えた光景に、エマは息を呑む。


「メルン……!」


 自然と声に出していたその名。逸るように力任せに鉄扉を押すが、当然のことながらそれは、びくとも動かない。焦れながらも今一度、鍵穴から目を凝らす。


 そこは明かりの灯った大きな広間となっていて、部屋の奥には螺旋階段が、部屋の中央には大きな石碑が見える。


 石碑の前には、メルンが立っていた。察するに先ほどの岩音は石碑が現れた時のものなのだろう。それ以外に、岩音に繋がるようなものはなにもない。


 メルンは手に紅く光る水晶のようなものを持っていて、それを石碑に翳している。


 ――嫌な予感がする。


 エマが額に汗を滲ませたとき、背後からレイが尋ねた。


「アンタの友人……メルン・アンジェリーク……か?」


「……」


 エマは返事を躊躇い、押し黙った。


 レイは現実を突きつけるよう、質問を続ける。


「いるんだな? そこに」


「……」


「禁断の森で……魔物の封印を解いて……バジリスクを召喚して……今も、ワイバーンを復活させようとしてる」


「…………」


「高潔魔力者の血が騒いでるのかもしれない、って、話だけど……」


「違う!」


 振り返り、レイの言葉を遮るエマ。レイは壁にもたれ掛かって呼吸を整えながら、静かにこちらを見つめていた。


「違う……。メルンは、そんな事しない」


「……」


「魔女の血も……そんな安易に騒いだりなんかしない」


 なにも言わないレイに、強く否定してみせるエマ。


 これといった根拠があるわけではない。だが、封印された魔物に近付いたくらいじゃ『血』は騒がないことを『いにしえの魔女』である自分は、体感的によくわかっている。


 エマは自分のその直感を信じて、訴えるように続けた。


「私、メルンとずっと一緒に育ってきたから、だからなんとなくわかるの……きっと血は関係ない。これは何かの間違いなのよ」


「間違い、ね。ずいぶん信用してるんだな、その女のこと」


「だって、魔王なんか復活させたってメルンにはなんのメリットもないし、むしろ、『高潔魔力者の血』は、ともすれば魔物や魔族に狙われる可能性がある。メルンにとっても、デメリットしかないわ」


「……。へえ、ずいぶん詳しいんだ」


「そ、そりゃあ親友に関することだし……。そっ、それにね」


「……それに?」


「そもそも何かが変なの。彼女はもともと怖がりで、こんな暗い洞窟を一人ですいすい進むだなんておかしいし、さっきのバジリスクの召喚魔法だって……」


 そこまで言いかけて、ハッとした。


 ――暗闇を恐れていない?


 そうだ。ずっと何かが引っかかっていた。


 暗闇のことだけではない。召喚魔法にしたってそうだ。


 メルンはエマと同じで、潜在的な高い魔力はあっても、今はまだ、それをコントロールする術を知らずにいる。物理的な魔法ならまだしも、馴染みがない召喚魔法なら尚更で、バジリスクのような高位の幻獣を容易く召喚するだなんてどう考えても変だし、昔から召喚魔法が得意だと言えば、むしろ……。


(むしろ……?)


 エマがその事実に辿りついた時、ざわり――と。


 それこそ魔女の血が騒ぐような、ひどく嫌悪感のある気配が肌を舐め、ゾッとするようにエマは鉄扉を振り返った。


「……」


「……?」


 慌てて鍵穴に張り付き、再び中を覗き込む。すると――。


「……っ!」


(ああ、やっぱり……)


 隣の広間にいるメルンと思しき姿が、紅い輝きを放つ水晶を、石碑の一部に押し当ててなにやら呪文を唱え始めている。


 石碑が禍々しいオーラに包まれ始め、徐々に高まっていく『魔』の気配。脳裏を過ぎる『復活』の二文字。


「おい……どうした?」


 エマの背中に向かって、怪訝そうな声を投げるレイ。


 勘が鋭いはずの彼にも、やはり、血でわかるレベルのこの不穏さには気づいていないようだ。


「だめ、止めなきゃ」


「え……?」


破壊せよ(デレンダ)!」


「!!」


 咄嗟に魔力を高めたエマは、鉄扉に向かい、記憶の彼方に眠る古代魔法を解き放つ。


 ドオン、と、壁、そして天地が震えるほどの激しい衝撃が走り、爆風と砂埃が舞った。


「なっ……」


 目の前にぽっかり開いた穴。後方にいるレイが目を見張る間もなく、エマはそこから飛び出し、無我夢中で走ると、石碑前で水晶を翳していた女子に向かって、全力で体当たりした。


「駄目……やめてっ!」


「……っ!!」


 横から衝突され、持っていた水晶を取り落としながら床に転がるメルン。一緒に倒れ込んだエマは、すぐさま顔をあげて石碑を見た。


 危なかった……石碑に刻まれた紋様が薄らと光り始めてはいるが、大丈夫。まだ封印は解かれていない。


 ほっとしたのも束の間、床に倒れたメルンは、歯を食いしばって立ち上がり、転がった水晶を拾い上げて今一度それを翳そうとしている。


 彼女は意地でも、ワイバーンの封印を解くつもりだ。


「ちょ、駄目だってばっ」


「離してっ、離してよ!」


「駄目! 絶対に離さない! お願いだからもうやめて……『エレーナ』!」


「……!!」


 水晶を掴み合って押し合いへし合いとなっていたさなか、エマから放たれた一言に目を見開いた『彼女』は、反射的に力を振り絞るよう、エマを突き飛ばした。


「……っ」


 どすん、と、床に転がる。『彼女』はゼェゼェと荒い息を吐き出しながら、緋色の眼差しで、紅く光る水晶を強く握りしめながら、こちらを睨み下ろした。


「なに言ってるのエマ。私はメルンよ」


「嘘。貴女はメルンじゃない」


「……」


「寮の加護による暗闇耐性があって、召喚魔法も得意で、指に『彼女』と同じ薔薇模様のバディリングをつけていて、メルンの『ふり』をすることにもメリットがある……メルンの姿をした、『エレーナ』なんでしょう?」


 きつく結んだ唇を小刻みに震わせている『彼女』を、まっすぐに見つめてそう問いただすエマ。


 しばらく押し黙っていた『彼女』は……やがて長い息を吐き出し、諦めたように変身魔法を解いた。


 ふわりと渦巻く淀みのない魔力。長いふわふわの赤毛が徐々に金髪に変わり、トレードマークのそばかすもすっかり消えて、健康的な艶肌がその存在感を引き立たせる。


「ふん。まさか見破られるとはね」


「エレーナ……」


「あんたには邪魔されてばっかり……ほんっと、ムカつくわ」


 そう悪態づきながら姿を現したのは――……案の定、メリハリボディの細腰に手を当て、忌々しげな表情でこちらを睨みつける『エレーナ』だった。



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