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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第一章 魔女と受験
3/38

しっかりね

 ◇



 それから一週間後、試験当日がやってきた。


「よし……」


 自室の鏡台前でハイトーングレージュのロングヘアを丁寧に梳かしていたエマは、雪のように白い肌をペチと叩いて立ち上がる。


 たっぷりと寝て英気を養ったラベンダージェイドの瞳は何度見ても魔女らしさがなく、絵本に載っている悪しき魔女のイメージとはかけ離れている。


 これなら大都会に行っても自分のことを〝いにしえの魔女〟だと気づく者はいないはずだとそう腹を括って、エマは鏡台から視線を外して踵を返すと、部屋の出口で待っていたメルンと合流し、共に階下に降りた。


 階下のフロアはすでに送迎モードで賑わっている。


「ああ、来たわね。さあ、今日は本番よ。午前中、メルンとエレーナは『ハンス魔法学校』、エマは『クレスト魔導学院』で第二志望の受験。午後は三人ともヴェルモンドで本命受験よ。しっかりね!」


 そんな言葉と共に、リムダや受験資格を持たない施設の仲間たちに満面の笑みで送り出されたエマたちは、やってきたヒッポグリフの馬車に乗って、魔法学校が林立する王都バルハルムを目指す。


 緊張しながら参考書を読み漁るメルンに、彼女から飛んでくる受験の質問に答えるエマ。最年長の金髪のエレーナは、足を組みながらそんな二人を不満そうな眼で見つめていた。


 おそらく、いつも目の敵にしているメルンや、どこの馬の骨ともわからないエマが、自分と同じヴェルモンドを受験するのが気に食わないのだろう。


 エレーナの冷ややかな目線に気づいていたエマは、穏やかではない空気に小さくため息をつく。


 施設内でも意地悪なことで有名なエレーナは、裏稼業に勤しむ魔力持ちの男と、とある貴族の令嬢との間にできた親非公認の隠し子で、生まれて間もなく施設の前に捨てられたのだという。


 かたやメルンは、〝いにしえの魔女〟に次ぐ、強い魔力を持った家系・由緒正しきアンジェリーク家の子孫。


 突然変異で現れる〝いにしえの魔女〟と、ただの高潔魔力者としての〝魔女〟は似て非なるものだが、正しい魔力分類への理解が薄れている現代ではどちらも『単なる魔女』扱いされることが多く、場面によっては高潔魔力者だと優遇されたりも、悪しき魔女の血と忌避されたりもする。


 そんなアンジェリーク家は十数年前、魔女を忌避する抗魔女団体の魔女狩りに遭い、一家壊滅状態に陥った。その際に辛うじて命を繋ぎ止め、リムダに拾われたのがメルンだ。


 そうした経緯があるため、貴族の娘だと虚勢を張りつつも捨てられたことに対して強い劣等感を抱いているエレーナは、恵まれた高潔な血筋を持ち、なおかつ親からも愛されていたであろうメルンに対し、過剰な敵対心を持っていることが傍目にも明らかだった。


「ふん。こんな直前まであたふたとお勉強だなんて、アンジェリーク家の端くれのくせにずいぶん余裕ないのね」


 間もなく王都が見えてくるだろうというところでポツリと漏らされた嫌味に、エマはギョッとする。しかし当の本人は参考書から顔を上げると、心底申し訳なさそうにへへっと苦笑して、


「うう〜。そうだよね、今さらだよねぇ。でもなんか、じっとしていられなくて……。エレーナはいいなあ。お勉強だけでなくどんな魔法も上手にできるから」


 純度100%の、素直な彼女らしい言葉で悪気なく返すメルン。


 エレーナは、彼女のそのまっすぐさがかえって面白くないようで、不貞腐れたように目を逸らしつつさらなる毒を吐いた。


「当然でしょ。いい学校行って、いい男捕まえて、良家に嫁ぐためにいつも努力してるんだから。だいたい今さら足掻いたってどうにもならないっての」


「はは。そうだよねえ……」


「そもそも私たちはライバルなのよ? 試験が始まったら数少ない合格の椅子をかけて蹴落とし合いが始まるっていうのに、ルームメイトだからって仲良しこよしでお勉強だなんて虫唾が走るわ。友情で試験は勝ち上がれない。むしろその感情が足を引っ張ることもあるって、今に後悔するわよ」


 そう指摘したっきり、彼女はふん、とそっぽを向いて黙してしまった。


 友達がいないエレーナにとって、二人の仲の良さも癪に障ったのかもしれない。


 険悪なムードに、エマとメルンは顔を見合わせて苦笑する。


 メルンはそれ以上話題を掘り下げることはせず、致し方なさそうに参考書を閉じた。


 そうこうしているうちに、目的の停留所が見えてくる。


「(好きに言わせておけばいいわ。それよりもうすぐ停留所だよ、メルン)」


「(うん。頑張ろうね、エマ)」


 エレーナには聞こえないよう、小声でやり取りを交わすエマとメルン。気を取り直して馬車を降りる準備を始めたのだが……。


 エレーナのその嫌味には、二人の想像を遥かに上回る強い執着が含まれていたことに、この時の二人は気づいていなかった。



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