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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第四章 魔女と渦巻く陰謀
26/38

手間のかかる女

 ◇



 魔法杖を構えた状態で、柱の裏側に回り込んだエマとロア。


 攻撃をするつもりはなかった。ただ、相手がメルンであれば逃げられてしまう可能性や、万が一にもそれがメルンでなければ、敵か味方かわからず出会い頭に攻撃を受けてしまう可能性があったため、念の為の威嚇のつもりだった……のだが。


召喚(インウォカーティオー)――バジリスク!」


「キシャァアアアアッッ!」


「……!!」


「なっ!?」


 ――その判断は正しかった。


 支柱の裏側に回ったと同時に、巨大な蛇のような生物が飛び出してくる。


「わ、わあっ」


「ロアくんっ。保護せよ(シールド)!」


 巨大な蛇が真っ先に牙を向いたのは、ロアの方だ。


 エマは咄嗟に魔法を発動し、漆黒の壁でロアをバジリスクの攻撃から守る。だが、後ろに飛び退いた際、ロアは穴の開いた靴に足を取らてしまい、思いっきり後ろ向きに転倒。不幸にも、倒れた先には岩のオブジェのようなものがあり、彼はそこにゴウンッと頭を打ち付けてしまった。


「はう」


「ちょ、ロアくん!?」


 せっかくの保護魔法も、後ろからの打撃には意味がない。


 頭を打ったロアは、あっけなく気絶して伸びている。


「うっ、ウソでしょ!?」


「シャアアッ」


 すぐさまロアの元に駆け寄りたいところだったが、そういうわけにもいかない。


 目の前に立ちはだかる大蛇(バジリスク)は、殺気だった様子でエマを威嚇しており、柱の後ろにいた人物は、距離を取るようにバジリスク及びエマから離れた。


「メルン!」


 目が合った。やはり人影は見間違えようもなくメルンだった。


 ゆるく編んだ赤毛に、丸いメガネ。白い肌、トレードマークのそばかす。魔法杖を構える細っこい腕に、その指先に刻まれたバディリング。ローブの下、メガネの奥の瞳は、いつになく異様に緋色(あか)かった。


「……」


「メル……ン?」


 呼びかけに、返事はない。


 彼女はただ、緋色にゆらめく瞳でエマのことを厭うように見つめ、やがて、


「邪魔しないでよ、エマ」


 たった一言、か細い声でそうつぶやきを残すと、くるりと背を向けて、回廊の奥に向かって走り去っていく。


「ちょ、メル……」


「シャアアアアッッ」


 メルンを追いかけようとしたが、それをバジリスクに阻まれた。


 顔を突き出すようにして襲いかかってきた巨体。なんとか横に飛んでその攻撃を躱し、片膝をつきながら改めて魔法の杖を構える。


「シャアァアア……」


 目の前のモンスターもエマの魔力を警戒しているようで、一定の距離をとりつつ、虎視眈々と攻撃の機会を狙っている。


「くっ」


 この間にも、メルンの姿は見えなくなってしまった。


 気絶しているロアを置いてメルンを追いかけるわけにもいかないし、これはもう、目の前のモンスターと戦うしかないだろう。


 エマはロアが気絶していることを目視してから、体の中に眠る全魔力を呼び覚まして一気にカタをつけようと杖を握りしめた――のだが。


「……っ」


(しまっ……)


 逃げ去っていったメルンのこと。


 気絶しているロアのこと。


 目の前に立ちはだかる大蛇からの攻撃を躱わすこと。


 様々なことに意識が散漫しすぎたせいか、エマは思いっきりバジリスクの『目』を見てしまった。


(ま、まずい……)


 かつて孤児院にいる時、本好きのメルンから聞かされたことがある。


『バジリスクはね、視線で相手を石化させ、尻尾で刺して相手を毒状態にする、怖いモンスターなんだって。だからね、もし遭遇するようなことがあったら絶対に近づいちゃダメだし、相手の目も見ちゃだめだよ』


 ――と。


 メルンが教えてくれた通り、相手の目を見てしまったエマの足が徐々に石像のように硬くなり始め、地面に根が生えたかのように、身動きが取れなくなってくる。


「シャアアッ」


「……く」


 このままでは全身が石化するのも時間の問題だ。


 すぐさま石化の解除魔法、あるいは石化に効き目のある回復薬を服用しなければならないが、解除魔法は聖なる魔法の領域。魔女であるエマは、一切扱うことができない。


「キシャアアアアアッッ」


「……っ」


 まるで勝利を確信したかのように、バジリスクが長い胴体をうねらせて襲いかかってくる。


 やられる――と、エマがそう覚悟したその時、聞き覚えのある凛とした声が、暗闇を切り裂いた。


石化解除(サナーレ)


「……!」


 足が、動く。


 一瞬の出来事で、何が起こったのかはわからない。だが、急に足が鉛から解放されたかのように軽くなったことだけは事実で、エマは必死に足を動かして地面に転がり、バジリスクの攻撃を回避した。


氷の鉄槌(コンジェラシオン)


 直後、再び響いた呪文。


 ギシャアアアァと、けたたましい雄叫びが空洞内に響き、顔と胴体の半分を凍りつかせたバジリスクが、地面をのたうち回るように暴れている。


「な……」


 いったい何が起きたというのか、目を丸くしてその光景を呆然と見やるエマ。


「っんとに手間のかかる女だな……」


 やはり聞き覚えのある声だ。目の前に影が差したため、エマは床に這いつくばったまま恐る恐るそのシルエットを見上げる。……するとそこには。


「れ、レイ・グレイス……!」


 魔法の杖を構えながら、エマを庇うように立つレイグレイスの姿があったのだった。



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