ちょっと気になること
◇
「これで全員ね。いいわ、まとめて第五キャンプ地に移転魔法をかけます。何人か魔法に自信がある者……ああ、レイ・グレイス、ヴァン・アレウス、あなたたちがいいわ。二人は残って私たちと一緒に来てちょうだい」
教員の一言でひと所に集まった第七キャンプ地の生徒たちは、緊張の面持ちで移転のときを待っていた。
エマとロアも、急な展開に戸惑いつつ、教員の指示に従うよう輪の中程で大人しく待機する。しばしすると、集団から外れたレイとヴァンが副担任の教員から何やら説明を受けている姿がエマの視界に入った。
刹那、レイとエマの目が合う。レイは勝負のカタをつけられなかったことにやや不満そうな表情をちらつかせながらも、自身の役割を理解をするよう、ふいっと目を逸らして目前の教員と向い合った。
なによ……と、口を尖らせながらも、何気なく隣にいるロアに視線を移すと、いつの間にか丸眼鏡を掛け直していた彼は、魔物が出現したであろう湖方面をぼんやり見つめていた。
(あれ……?)
――ふと、その視線の先の光景に、『あること』に気がつくエマ。
「第五キャンプ地へ――移転!」
しかしその気掛かりを確かめる間もなく教員の口から呪文が発せられ、目前の空間が歪んだ。
瞬きをした次の瞬間には、視界に映る景色が第五キャンプ地のものへと変わっていた。
*
ロアの時とは違い、移転を受けた全員が極めてスマートに着地を決める。きめ細やかな魔法技術。さすがは名門ヴェルモンドの教員だ。
「あ、来たわね。イリス先生から伝達は受けています。一旦、第五キャンプ地のメンバーたちと合流しますので、このままついてきてください」
教員の技術に感服していると、第五キャンプ地にて待ち構えていた別の教員が、迅速に誘導を始めた。
言われるがまま、ぞろぞろと移動を始めるDクラス一同。モンスターの出没地から離れたことで緊張から解放されると、エマの目の前にいた生徒が身を寄せ合って潜めた声を漏らした。
「ねえ、レイ様とヴァン様大丈夫かな」
「お二人ならきっと大丈夫よ。魔法の腕も確かで、魔法剣術部だから剣術の心得もあるし、何より強いもの」
「それはそうだけど……『アーレウス』の活躍がある今、冒険者以外の人間が本物の魔物に遭遇するなんてあまりないことじゃない? 慣れない実戦はいくらレイ様たちとはいえ不安なんじゃないかなと思って」
「それはまあ、確かにそうかもしれないけど……レイ様とヴァン様にイリス先生までいるんだから、きっとその辺は大丈夫だと思うんだよね。私はどちらかというと、なんでモンスターが出たんだろうってそっちの方が気になるんだけど」
「ああ、それね! っていうかさ、私ちょっと思っちゃったんだけど、やっぱりこれは忽然と姿を消したっていうメルンさんの仕業なんじゃないかなって」
「えっ。なんで!?」
「だって、魔女の血が騒いで、魔物を解き放って新生魔王の復活を企んでるって考えるのが一番しっくりくるもの」
「そっか。そうだよね。それなら失踪の理由にも納得がいくもんね」
「……」
今の理不尽な状況を、誰かのせいにしたい気持ちはわからないでもない。だが、メルンのことを悪く言われるのも、面識のない魔女のことを悪だと決めつけられるのも、ひどく不愉快だった。
反論したいところだけれど、移転の間際に見えた『あること』がエマの脳裏をよぎり、不安と胸騒ぎが綯い交ぜになる。その気持ちは次第に彼女の中で大きく膨らんでいった。
「……」
エマはたまらなくなって、歩みを止める。
隣を歩いていたロアがそれに気がつき、足を止めて振り返った。
「……エマ?」
小首を傾げられ、唇を噛み締める。
やがてエマは、周囲に聞こえないよう配慮をしながら、目の前のロアに向かって告げた。
「ごめん、ロアくん。私……やっぱり戻る」
「え?」
「ちょっと気になることがあって……」
「……。レイ・グレイスのこと?」
訝しむようなロアの声に、エマは静かに首を横に振る。そして、彼の疑問に真摯に応えるよう理由を説明することにした。
「違うよ。あの人はそう簡単にはやられないと思うから、そんなに心配していない。私が気になってるのは……さっき、ここへくる直前にね、湖方面に向かう森の茂みに、親友のメルンの姿が見えた気がしたの」
「メルンって、アンジェリーク家の?」
「うん。同郷の仲間で、大事な友達なの」
先ほど気になった『あること』を、ロアに正直に告白するエマ。
エマは確かに、移転の寸前にメルンらしき人物の影が、森の茂みに消えていく姿を見た気がしたのだ。
「そう……」
「本当にメルンだったのかはわからないから、戻って確かめたいんだけど……私が勝手な行動をとって処罰の対象になれば、バディであるロアくんにも連帯責任で迷惑がかかっちゃうから。だから――」
「僕もいくよ」
「……え?」
今すぐここでバディを解消するか、あるいは……と、配慮の提案をするつもりだったエマは、予想だにしていなかったロアの即答に、面喰らったように目を瞬く。
「で、でも」
「大事な友達なんでしょう? あと一回ぐらいならなんとか移転魔法も使えると思うから。エマが行くなら僕もいく」
「ロアくん……」
控えめな口調の割に、断固として譲らない意志の固さのようなものが滲んでいる。
「……いこ?」
手を差し出され、エマは大いに戸惑いながらも、同時にロアの優しさに心から感謝する。
先ほどのトライアルマッチの際は、刹那、別人のようだと感じた瞬間もあったが、ゲームの最中で殺気立っていただけの可能性もあるし、やはりロアは心優しい青年だと思うことにする。
「ありがとう、ロアくん」
巻き込んでしまうことを申し訳なく思いつつも、素直に礼をのべ、エマは彼の手を握る。
ロアは小さく頷いてから、その手を握りしめ返した。
ひんやりとした、骨ばった手だ。
一呼吸ついた後、ロアは静かに魔力を滾らせる。
「――移転」
第七キャンプ地へ向けて、ロアは再びその呪文を発動した。




