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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第三章 魔女と課外学習
21/38

本気で潰す気らしい

 ◇



 心ここに在らずといった状態のまま、朝食時間を迎えたエマ。


 教員との約束通り他言は一切しなかったものの、広場に集合すると、どこから噂が広まったのか、すでに一部では不穏な声が囁かれていた。


「ねえ聞いた? Bクラスのアンジェリーク家のメルンさん、行方不明になったらしいよ」


「え、本当に? 魔物の出没の噂と関係あるのかな?」


「どうだろう……それはわからないけど、第二キャンプ地の友達が、ひょっとしたらメルンさんが魔物の封印を解いたんじゃないかって怪しんでた」


「ええっ。どうして? なんでそんなことを??」


「そりゃだって、アンジェリーク家といえば、高潔魔力の血筋でしょ。急に血が騒いで……とかさ」


「あーなるほど。それはあるかもしれないね。もしかしたらまだ見つかっていない『いにしえの魔女』がメルンさんだって可能性もなくはないし」


「それ、ありえるわね! でもどうしよう〜! ヴェルモンドから『いにしえの魔女』が出たなんてことになったら、世間中大騒ぎだわ」


 ――どうにも妙な方向に話が膨らんでしまっている。


 そんなわけない。メルンは『いにしえの魔女』ではないし、血が騒いで魔物の封印を解いただなんてそんなはずもない。こじつけもいいところだ。


 しかしこれといった根拠もない手前、否定もできなかった。


 エマはただ、その話を黙って聞き流すことしかできなくて、歯痒さを噛み締める。


 せっかく自分の好物である新鮮野菜のリーヴルサンドや、味の染み込んだ絶品スープが朝食として目の前に並んでも、それらを味わうような精神的余裕はなく、砂を噛むような食事を一人静かに終えた。



 *



 朝食が終わると、この課外学習のメインイベントと称しても差し支えがない『ヴェルモンド式トライアルマッチ』の時間がやってきた。


 昨日、レイ・グレイスから挑戦状を叩きつけられた例のアレだ。


「はいそれでは、上級生と下級生に分かれて、各自、シールド装備バングルを装着してください」


 教員の掛け声とともに、魔法が込められた腕輪式のシールド装備バングルが配布される。言われた通りに手首に装着すると、全身を白いオーラが包み込んだ。


「バングル装着中、白いオーラが出ている間は生身にダーメジを受けることは一切ありません。ただし、受けた衝撃は全て点数式でカウントされ、被ダメージが一定以上に達すると警告音が鳴り、失格となりますので注意してくださいね」


 なるほど。今はダメージ無効の加護を受けた状態というわけか。


 あとは思いっきり魔法を駆使して上級生と戦うだけである。


 個人戦績によるスコアの付与はもちろん、上級生、下級生、最終的に勝ったチーム全員に大きなボーナススコアも出るらしいので、クラスメイトたちが皆、意気揚々と準備に励んでいたのだが……。


「あれ。ちょっと待って。あれって、もしかして……」


「うおっ。まじだ。なんであの人がこの会場に!?」


 第七キャンプ地のトライアルマッチ会場に『ある男』が遅ればせながら姿を現すと、途端に場内が騒然とし始めた。


「おいレイ! スコア使って別会場から俺を引き抜くとか、なにわけのわかんねー事してんだよ。はっ倒すぞ」


 ひどく眠たそうな顔つきで機嫌が悪そうに歩いてきたその男は、会場内にいるレイ・グレイスの顔を見るなり、より一層眉を顰めて毒を吐いた。


「あー……うるせえ。相変わらず朝に弱い低血圧野郎だな」


「万年低血圧のおめえにいわれたくねえよ」


「ほっとけよ。ま、諸事情ってトコかな。手っ取り早く済ますにはお前呼ぶのが早いと思って」


「はあ? 何がショジジョーだ、俺にゃ関係ねえしどうでもいい。まあ、もう来ちまったモンはどうしようもねえからやってやるけど、試合終わったらなんか奢れよ。でなきゃマジでシメるからな」


「わかってるって。ともかくこの試合全力で暴れていいぞ、ヴァン」


「あん? よくわかんねーけど言われなくても好きにやる」


 ――そう。会場に現れたのは、ハネた赤毛に、美しいアンバーカラーの瞳。小柄ながら圧倒的な威圧感と貫禄を纏う、ヴァン・アレウス。普段レイと共に行動している御三家の一人で、王宮魔法騎士団『アーレウス』に片足を突っ込む、創始者一族のご令息だ。


(う、嘘でしょ……)


 いくら上級生には相応のハンデがあるとはいえ、彼が相手では、とても歯が立つとは思えない。


 青ざめるクラスメイトたち同様、エマが引き攣ったようにレイを見ると、彼は容赦なく口角をつりあげてみせた。


 どうやら昨日の宣言通り、本気で潰す気でいるらしい。


 これは、メルンやエレーナのことに気を取られてボンヤリしている場合じゃなさそうだ。


「いいですか、みなさん。それじゃあ始めますよ!」


 広々としたトライアルマッチ会場に、担当教員の甲高い声が響く。


 右側が上級生、左側が下級生といった具合に、向き合って並んだ生徒たちは、一斉に魔法杖を構えた。


 ――なお、この『トライアルマッチ』にこれといったルールはない。


 バングルの加護を受けてノーダメージになっている間、より多くの敵を打ち滅ぼし点をとる、ただそれだけのゲームだ。


 バディの相性を試したり、冒険者ギルド所属希望者にはパーティーバトルの擬似体験にしたり、クラスメイト同士の結束を深める目的で行われる行事なのだが――。


「それでは、スタート!」


 開戦の合図が出されたと同時に、素早い詠唱を伴ったヴァンの魔法杖が、勢いよく大地に突き立てられる。


爆ぜろ(バースト)!」


「!!!!」


 目にも止まらぬ速さで突き抜けた突風。ヴァンから発せられた魔法は一瞬にして下級生たちの列を大爆破の波に飲み込んだ。



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