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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第三章 魔女と課外学習
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消えた幼馴染たち

 ◇



 オリエンテーション初日の夜は、食材調達班が調達してきた鮮魚や新鮮野菜などの食材を野営クッキング班が調理し、それを豪勢に並べて食した後、各キャンプ地ごとにキャンプファイヤーが行われた。


 レイ・グレイスの周囲には始終女性生徒たちが群れをなしており、男子生徒たちからは羨望、あるいは嫉妬の眼差しが投げられ、当の本人はうんざりした表情でその場をなんとかやり過ごしているように見えた。


 その後は男女に分かれ、簡易温泉で汗を流し、くじ引きで決められた者同士でテントに分かれて就寝。あっという間に一日目が終わった。


 就寝に至る直前までは特に魔力を使用する場面もなかったため、これといった問題も起こらなかったが、一部未練があるとすれば、同じテントになったクラスメイトたちが夜通し恋話――そのほとんどがレイ・グレイスに関することだったけど――で盛り上がっているのを横目に、何も口を挟めず、蚊帳の外にいたことだ。


 レイ・グレイスのことはともかく、本当はクラスの女子たちと仲良くしたい。


 だが、正体を隠してカレッジ生活を送ると決めた以上、必ず随所で『嘘』が必要になってくる。正体を偽って他者と親睦を深めることには、相手を騙しているようで抵抗がある。そのため、同郷のよしみであるメルンとエレーナ以外、このカレッジで出会った人とは必要以上に関わらないようにしようと、エマは心に決めていたのだ。



 *



 そうして迎えたオリエンテーション二日目の翌朝、事件は起こった。


「ねえ、聞いた? 昨晩、第二キャンプ地の近くに『魔物』が現れたらしいよ」


「聞いた聞いた! 第二っていったらBクラスの拠点よね。怪我人は出なかったのかな?」


「それが、拠点にいた上級生が素早く気づいて魔法で追い払ったからこれといった被害は出なかったみたいだけど、周囲が暗かったこともあって魔物を追跡しそびれちゃったんだって」


「うわ。こわー。じゃあ、いつ私たちも襲われるかわからないじゃん」


「うん。怖いよね。一応先生たちが各キャンプ地に結界を張ってくれたみたいだけど……すでに中に潜り込んでたらあまり意味ないしね」


「本当だよ……離れたキャンプ地とはいえ、注意しないとだね」


 顔を洗いに外へ出たエマは、そんな物騒な噂話を耳にしてぞっとした。


 Bクラスといえばメルンのクラスだ。


 怪我人は出なかった、とのことだし、おそらくメルンも大丈夫だったのだろうけれど、やはり手放しでは安堵できないし、彼女の安否が気がかりだった。


 不安を抱きつつも勝手な行動はできないので、大人しくテントに戻ろうとしていると、前方からやってきたDクラスの担当教員・イリスと目が合い、手招きで呼ばれた。


「あ、いた。エマ・スカーレットさん。ちょっといいかしら」


「……え? あ、はい」


 教員はエマを伴うと、誰もいない教員用のテントに移動し、改まった表情で尋ねてくる。


「急に呼び立ててごめんなさいね。第二キャンプ地近隣に魔物が現れたっていう話は聞いたしら?」


「あ、はい。ついさっき、小耳に挟んだ程度ですが……」


「そう。実はね、Bクラスのメルン・アンジェリークさんと、Cクラスのエレーナ・クレアローズさんが行方不明になっているのよ」


「え……?」


 教員の言葉に、血の気が引くエマ。


 不安げに耳を傾けるエマに配慮をしながらも、イリスは事実を淡々と告げる。


「クレアローズさんは魔物騒動がある以前に体調不良を訴えられてね、医務用テントにいたはずなんだけど、騒動の前後に行方がわからなくなっていて。アンジェリークさんの方は、魔物騒動があった直後に点呼をとった時は確かにいたはずなんだけど……朝起きたら見当たらないのよ」


「そんな……」


「元々医務室にいて他の生徒たちと別行動だったクレアローズさんはともかく、アンジェリークさんの方は朝起きて急にいなくなってしまったような状態だから、他の生徒たちもひどく動揺してしまってね。ひとまず、混乱を避けるために口外はしないようきつく生徒たちに言い渡して、教師陣で内々に捜索を続けているんだけれど……どちらも足取りは掴めないし、いつアンジェリークさんの件も外部にもれて大騒ぎになるかわからなくて」


「……」


 それもそうだろう。魔物の出現に、生徒二人の失踪。それを知った生徒たちがパニックを起こさないはずがない。


 エマが見上げると、教員はさらに続けた。


「貴女をここに呼んだのは、他でもない。アンジェリークさんとクレアローズさん、そして貴女は、公には伏せてあるけれど同じ施設の出身よね?」


「……はい」


「二人を知るのは貴女ぐらいだし、何か心当たりはないかと思って」


 心底困り果てたように尋ねてくる教員に、エマは申し訳なくも首を横に振る。


 昨日のエレーナの様子は気になるが、だからといって、彼女の失踪やモンスターの出現に昨日の一件が必ずしも関係しているとは限らない。それさえ除けば、これといった心当たりはなかった。


 また、メルンに関してはオリエンテーションで一度も顔を合わせていないため、エマにはわかるはずもなかった。


「そうですか……。でしたら結構です。あくまでこの話は他言無用で願いますよ。彼女たちの行方は我々教師陣で必ず突き止めますし、そもそも二人の失踪が、昨日の魔物騒動の一件と関連してるとも限りませんから。余計な推測や勝手な行動は絶対に慎むこと、いいですね?」


 きつく約束を交わして、エマは教員用のテントを出る。


(メルン、エレーナ……)


 釘を刺された手前、身勝手な行動は取れないが、知ってしまったからにはやはり気になって仕方がなかった。


(二人とも、どこいっちゃったんだろう……)


 突如として現れた魔物の陰と、二人の謎の失踪――。


 エマは漠然とした不安を募らせながらも、なすすべがないまま朝の点呼の時間を迎えることとなる。


 今はひとまず教員の言葉を信じることにして、大人しく自身のテントへ引き返すことにした。



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