ついにきたか
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田舎町モルドにある孤児院『リムダの家』には、約三十を超える孤児が身を寄せていた。
下は一歳に満たない乳児から上は年限の十九まで。様々な事情を抱える様々な年代の子どもたちが共に生活し、その日も朝食後の片付けやら朝の学習やら遊びやらで賑わうなか、施設の院長であるリムダが、三人の女子を呼び寄せて言った。
「エマ、メルン、エレーナ。見てちょうだい。ヴェルモンド・ウィザードカレッジの受験票よ。ついにあなた達にも受験資格が回ってきたわ!」
興奮気味に受験票を掲げるリムダに、嬉しそうに目を輝かせたのはメルン、エレーナの二人だけ。エマは引き攣ったように笑いつつ、内心で『ついにきたか……』とため息をこぼす。
――ヴェルモンド・ウィザードカレッジは、王都バルハルムにある名門魔法学校だ。
世の人間が魔力者と非魔力者に分類されるなか、魔力持ちの中でもより強い魔力を持った者にしか受験資格が与えられない誰もが知るエリート校。全寮制で、修業年限は七歳から二十二歳。倍率は四十倍とも五十倍とも言われている。審査は極めて厳しく並大抵の魔力では受かることはかなわないが、その狭き門を抜けた先には、ヴェルモンド生としての様々な恩恵が待っている。
公的魔法機関や各種魔法施設への優遇利用権の獲得、卒業後の各魔法職・高等魔法職への斡旋。絶大な肩書き効果による出世ルートの確定。箔付けによる良家への縁談効果など。
金銭的事情や出自に問題を抱えるエマ達のような孤児には到底手が出せない雲の上の進学先ではあるが、稀に特殊な書類審査を経て、特待生枠としての受験が可能になる場合がある。
それが今回のようなレアケースだ。
リムダはエマとメルンがエレメンタリースクールの頃から欠かさず特待生受験の申請を行ってきた。
なかなか申請が通らずにいたが、カレッジレベルになった今、ようやくそれが通ったらしい。
エマ十七歳、ルームメイトで親友のメルンも十七歳。エレーナに限っては、魔力の開花が遅れていたこともあり、十九歳にして初の受験だ。
受験資格を得られただけでも孤児院として大変名誉なことではあるが、果たして三人は熾烈な受験戦争を勝ち抜くことができるのだろうか。メルンとエレーナが緊張と期待で胸を弾ませるなか、エマは一人、憂慮を抱えていた。
エマには秘密がある。彼女は〝いにしえの魔女〟だった。
一世に一人しか現れないという〝いにしえの魔女〟は、初代魔女より魂と膨大な魔力を受け継いだ唯一無二の存在。現代の魔力社会の中でも最も優れた魔力を保有する高潔魔力者なのである。
エマは、自分に〝いにしえの魔女〟としての過去の記憶があることや、常人にはない特殊な魔力があることを悟った日から、ひたすらその事実を隠してきた。
なぜならば現代においての〝魔女〟は、畏怖されるか忌避されることがほとんどだからだ。
万が一、自分が〝いにしえの魔女〟であることを周囲に知られた場合、魔力の氾濫を恐れた王国軍に打ち滅ぼされるか、聖女に封印されるか、魔女の力を欲する魔王軍に追いかけ回されるか、研究所で標本生活を送ることになるか……どう転んでも破滅するエンドしか見えてこない。
もう二度と、過去のいにしえの魔女たちのように不幸な末路は辿りたくない。
そのためにはひたすら魔力を隠し、平凡な人生を歩み、質素ながらも幸せな終焉を目指そうとエマは幼い頃から心に決めていたのだが、さすがに全魔力を隠し切ることはできず、ヴェルモンドを受験する流れになってしまった。
エリート魔力集団の中に入ったら、日夜魔力漬け生活が強いられてしまう。そんな環境下ではいつ自分の実力がポロッと出てしまうかわからないため、本音を言えば受験を辞退したいところだったが、不自然に断れば怪しまれてしまうだろう。
なのでやることは一つ。受験はする。しかし手を抜けばいい。筆記も面接も、そして最重要となる魔力試験の際も、加減してポンコツになりきるのだ。そもそも受かる確率の方が低い学校だから、落ちたところでなんとも思われないに違いない。
正直なところ、エマはヴェルモンドではなく、第二希望として挙げているクレスト魔導学院――在校生の非魔力者と魔力者の割合が半々で、研究者や教育者を目指す者が多い――の方に進み、座学の多い穏やかな環境の中で、自分に適した職業を模索していきたいのだ。
「はい、エマ。あなたの受験票よ。こっちがヴェルモンド、こっちが第二希望にしていたクレスト魔導学院の分。試験は同日だから、くれぐれも会場や時間を間違えないようにね」
微笑みながら二つの受験票を差し出すリムダ。
一方は棒きれ、一方は紙切れ。前者がヴェルモンドの受験票代わりの魔法の杖で、後者がクレスト魔導学院の受験票。
「大丈夫。ありがとうリムダ」
「どちらかだけでも受かるといいわね」
エマはリムダの期待を裏切ってしまうことに良心を痛めながらも、曖昧に微笑んで双方の受験票を受け取った。
同じく棒切れと、エマとは違う第二希望の学校の受験票を胸に抱えたメルンと目が合う。
ふわふわの赤毛を二つに三つ編みし、大きな丸メガネをかけたメルンは、ほのかなそばかすを指でかきながら、嬉しそうに笑って見せた。
彼女はかねてからヴェルモンドへ行きたがっていたから、受験できることがよほど嬉しいのだろう。落選のための受験は、そんな親友の純粋な気持ちまでもを踏み躙り、裏切ってしまうようで心が痛かった。
「試験日まではあと一週間ね。三人とも、しばらくは家事やお掃除はいいから、最後の追い込みしっかりね」
はい、と小さく返事をして。
エマは一人、罪悪感を抱きながらも、不合格になるための受験準備を着々と進めるのだった。