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いにしえの魔女は穏やかに暮らしたい  作者: 三柴 ヲト
第三章 魔女と課外学習
18/38

気に入らねえ気配

 ◇



「おおっ」


 歓声があがった。


 これ以上にない模範的で完璧な炎が、焚き火台に煌々と灯っている。


 さすがは優等生。魔法力だけでなく指導力も半端ない。エマが改めて感心するように背後にいるレイを見上げると、彼はやれやれと肩をすくめ、


「ったく、世話の焼ける女だな」


 たった一言、そう吐き出して、エマの体を解放した。


「……あ、えっと」


 今のは助けてくれたんだよね……? と、声に出しかけて、なんとなく言葉をつぐむエマ。『いにしえの魔女』であることを疑われているのに、一度ならず二度までも彼に助けられるとは思ってもみなかった。


「その……」


 どういう意図があるにせよ、窮地を救われたのは事実だし、エマは改めて感謝を述べようとしたのだが、しかしそこでレイの登場に気づいた女子生徒たちが思い出したかのように黄色い悲鳴をあげ始め二人を遮った。


「きゃーっレイ様ぁっ」


「あーん、ずるいっ。わたくしも上手くできないからフォローお願いしたいわあ」


 あっという間に騒がしくなる場内。女子たちの甘い視線がレイに釘付けになると、先ほど毒づいていた男子生徒達は、不満がるようコソコソと陰口を再開する。


「でた、レイ・グレイス。あのソロ至上主義のレイ・グレイスが他人、しかも下級生のフォローに入るとか……いったいどんな風の吹き回しなんだ?」


「さ、さあ……スコア稼ぎとかじゃねえの?」


「いや、あの人ならもう使いきれないぐらい稼いでるだろうし、それはないっしょ」


「まあそうだけどよ……って、そんなことより、あの女、なんか変じゃね?」


「え? あの女?」


「そうそう。よく考えればあの女、魔力測定の時も計測器壊してたし、今だって尋常じゃねえオーラを纏ってたような……」


「ああ、言われてみれば確かに……」


 一難去ってまた一難。周囲の鋭い野次にエマはギョッとする。


 まずい、どうにかして誤魔化さなければと冷や汗を滲ませながら言い訳を考えていると、レイが涼しい顔をしたまま、ポツリと彼らの疑惑を断った。


「お前あれだろ。『人工的魔力者クアージ』だろ?」


「……へ?」


人工的魔力者クアージ』とは、この世に存在する魔力者と非魔力者のうち、魔力を持たずに生まれてきた非魔力者に、人工的に魔力を付加した者のことをいう。


 付加の方法は魔法科学製品による装着式のものだったり、手術による魔道具や魔力石の体内埋め込み式のものだったり様々だが、いずれにしても一般人には手が出せない高額な処世術だ。


 仮にもしもエマが本当に『クアージ』だったとしても、エマのような孤児院出身者には到底縁のない話ではあったが、おそらくレイは、エマに向けられた疑惑を逸らすためにあえてその話を出してくれたのだろうと思う。


 エマは彼に話を合わせることにした。


「え、えーっと……まあ、うん、そんなところかなぁ……?」


「だったら魔道具が体に合ってねえか、不具合が起きてるんじゃね。メンテぐらいちゃんとしとけよ」


「そ、それはそうなんだけど……」


 レイの機転により、ざわついていた生徒たちは「ああ、なるほど、クアージか」「なんだ、そういうことか……どうりで」と、腑に落ちたようにエマへの興味を削いでいる。


 見事なフォローだ。疑いが晴れてホッと胸を撫でおろすエマ。


 しかし安堵したのも束の間、レイはにやりと笑うと、追い打ちをかけるように揺さぶりをかけてくる。


「なんなら俺が選んでやろうか?」


「へっ⁉︎ あ、あー……その、選んでもらったところで、私、特殊特待生枠の学生だから金銭的に厳しくて」


「だったらスコア交換で狙えばいい。カレッジの指定用品店にリッチモンド社製の質の良いヤツが揃ってる」


「え。そ、そうなの?」


「ああ。入学のしおりにも書いてある。それに……」


「それに?」


 首を捻った矢先、ずい、と、こちらに身を乗り出してくるレイ。ぎょっとするエマの耳元で、彼は嬲るような一言を付け加えた。


「(シオンに頼めばオーダーメイドも可能だから。『いにしえの魔女用』の〝魔力抑制タイプ〟の装備品でも作ってもらえよ)」


「……!」


(こ、こいつ……!)


 エマにだけ聞こえるよう配慮された小声だとはいえ、明らかに核心をつく発言。エマは表面上にはあくまで笑みを浮かべ、上擦った声でその答えを煙に巻く。


「(あ、あらやだ。なんの冗談? 何か勘違いなさってるようだけど、私は単にパワーが有り余ってるだけのコントロール力のないポンコツ魔法使い見習いだし、そもそもまだまともなスコアも持ち合わせていないから、せっかくだけど遠慮しておくわ)」


「(へー。すっとぼけるんだ? ……ま、確かにバディ相手がその頼りなさそうな男じゃ、いくら頑張ってもスコアは貯まんねえだろうけどな)」


 もどかしそうに自分を見上げているロアを、ちらりと見やりながら断言するレイ。


 エマは慌てて立ち位置を調整し、ロアに聞こえないうさらに声を潜めて続けた。


「(ちょ、ちょっと。そんな言い方はロアくんに失礼じゃないの)」


「(失礼もなにも図星だろ。なんかソイツ、気に入らねえ気配がするんだよな……。悪いことは言わねえから、んな得体のしれねえヤツとはさっさと縁切って、他のヤツと組めよ)」


「(よっ、余計なお世話よ。別にロアくんは悪い人じゃないし、スコアだってちゃんと自力で稼ぐつもりでいるから、心配には及ばないわ)」


「(自力でねえ……。スコア稼ぎって、そんなに甘いモンじゃねえと思うけど)」


「(そ、それはわかってるけど……大丈夫よ、二人で力を合わせればなんとかなるから)」


「(……そう)」


 バディの話になると、妙に冷ややかに突っかかってくるレイ。


 彼が助けてくれたおかげで何かと事なきを得ていたこともあり、せっかく見直しかけていたというのに、結局、礼を告げるより先に、またしても喧嘩腰になってしまった。


 焦ったく思っていると、


「(なら、実力行使でわからせるまでだな)」


「(……へ?)」


「(明日開催予定の『トライアルマッチ』、上級生VS下級生のスコア獲りゲームになるはずだから。そこでアンタがいかに男を見る目がないって事、嫌ってほどわからせてやるよ)」


 冷淡な笑みを浮かべて宣言するレイに、エマはギョッとする。


 表情はあくまで涼しげなのに、その美しい瞳には容赦ない闘志が燃え盛っているようで、なんだかとてつもなく嫌な予感がする。


「え、トライアルマッチって、ちょ、ま……」


「じゃ、また」


 不穏な空気だけを残して、彼は野営クッキング会場を出ていく。その後ろには、黄色い悲鳴をあげる女子生徒たちが列をなしていた。


「……」


 返す言葉もなく、呆然とその場に立ちすくむエマ。


(と、トライアルマッチ……)


 それは、魔法使いとしてのバトルでの立ち回りを擬似的に体感するシミュレーションゲームみたいなもの。バディの相性を試すにはちょうど良い機会ではあるが、あのレイ・グレイスが垣間見せた静かな闘志が不吉すぎて、相性確認どころじゃなくなる気がする。


「はは。ごめん……なんだか、面倒なことになったみたい……」


「……」


 傍にいるロアも、何か言いたげにジッとレイの背中を見つめていた。


 ひそめられた声で交わされていた二人の会話がロアに聞こえていたとは思えないから、なんとなく気になって目で追っているだけなのだと思うが。


「ロアくん……?」


「……」


「……?」


「……邪魔、だなあ……」


「……?? ロアくん?」


 妙に不穏なつぶやきが聞こえた気がして、エマが心配するようロアの顔を覗き込むと、彼は「なんでもない」といつも通りの声色で返して、自分の杖を懐にしまった。


(今……『邪魔だなあ』って聞こえた気がするんだけど、気のせい……?)


 いやでもまさか、気が弱そうなロアに限ってそんな呟きはないだろうと結論づけたエマは、同じく自分も杖を懐にしまう。気を取り直して野営クッキングを再開しようとして――ふと、人だかりの中に気になる人影を見つけた。


(あれ……?)


 エレーナだ。クラスが違い、会場も違うエレーナがなぜこんなところにいるのだろうと首を傾げたが、目が合うと彼女はふいっと背を向けて野営クッキング会場を出ていった。


「っと、ちょっとごめん」


 怪訝に思ったエマは、ロアに一声かけると去り行く彼女の後を、小走りに追いかけた。


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