バグってないか?
◇
その後、改めて第七キャンプ地の中央に集められたDクラスおよび上級生一同。
ざっと見渡しただけでも四、五十名近いヴェルモンド生たちが運動着姿で整列をしており、担当教員の説明に耳を傾けている。
「……説明は以上です。それではグループごとに分かれて、携帯用の『七つ手道具』を受け取った者から、テント設営と野営クッキングの準備を始めてください」
その一言で、そこにいるカレッジ生たちはまちまちに動き始めた。
ある者はテントの設営に向かい、魔法を駆使して少し大きめなテントを張る。もちろん、入学したての生徒達はまだ魔法の使い方や力の加減に慣れていないため、完全なる手探り作業だ。戸惑ったり難航しているグループにはすかさず上級生がフォローに入り、不完全を補いながらの設営が進められていく。
なるほど。交流、自主学習にはぴったりの行事だなとエマは改めて感心した。
教員の説明によれば、ここで発揮された協調生や順応力、個々の作業能力は全てチェックされ、オリエンテーション最終日に付与されるスコアに影響するらしい。
もちろん、評価を受けるのは上級生も同様のため、適当なアドバイスや不適切な言動は許されない。
エマも携帯用の七つ手道具――傷薬や毒消し薬、コンパスや地図などアウトドアに必要なものが入っている――を受け取ると、早速、同グループとなったロアと共に、野営クッキングの準備に回った。
即席で分けられたグループとはいえ、バディ同士は基本同じグループになるよう編成に配慮されているため、二日間のうち、そのほとんどはバディ相手と行動を共にすることになる。
「よし、じゃあ、焚き火台の準備いくよー。肩の力を抜いて、緩やかに杖を振って……こうふわっと枝に添えるような感じで、発炎魔法を放つの」
白の運動着――S系クラスの色だ――を着た女生徒が、手本を見せるよう杖を振って焚き火台に着火する。周囲にいた新入生達からはすぐさま「おお」と歓声が沸いた。
先輩からの「やってみて」の一言で、皆が緊張気味に発炎魔法に挑戦し始める。
ヴェルモンドの学生らしく、ほとんどの生徒は発炎自体はすんなりと成功しているようだったが、火属性魔法の得手不得手が影響しているのか、火加減に関してはまちまちだ。
弱い炎しか生み出せない者、うまく炎の向きを調整できない者など、初々しい魔法で溢れている。
「私たちもやってみよっか」
エマが振り返ってそう促すと、ロアはこくりと頷いて杖を構えた。
「……〜、〜……」
まずは自分がとでもいうように、ボソボソと蚊が鳴くような声で詠唱を始めるロア。
バディを組んで初めてロアの魔法を拝むこととなるが、正直、声が小さすぎてなにを喋っているのか全く聞き取れない。
やがて独り言のような呟きが終わったかと思うと、ロアが振り翳した棒先からはぽわっと緩めの炎が飛び出し、ヘロヘロと焚き火台に向かっていく。
「が、頑張れロアくん」
「……」
真剣に棒先、そして生み出した炎が向かう先を見つめているロア。緊張しながら二人で炎の行く末を見守ったが、生み出された炎は期待に反してボヘっと地面に落下した。ジュッと音がして炎が消える。
「………ごめん」
「ど、どんまいっ、ドンマイだよロアくん」
ズーンと落ち込んだ表情で詫びるロアを、精一杯励ますエマ。
「一回生の魔法講義はまだまだこれからなんだし、今すぐにうまくできなくたって仕方がないよ」
「それはそうだけど、でも……」
気に病むよう暗い顔でボソボソと呟くロア。そんな彼を見て、ロアの憂慮を具現化でもするかのように、ヒソヒソ声が漏れ聞こえてきた。
「ぷっ。今のアイツの魔法見た?」
「見た見た。さすがは落ちこぼれ留年生。想像以上の逸材だわー」
「……!」
小馬鹿にするような笑い声に、ロアは一層強く唇を噛み締めて俯く。
エマはキッと振り返って嫌味な学生達を睨みつけたけれど、彼らは気にすることなく劣等感を煽るように嘲笑を続ける。
「よくあれで入試パスしたよな。家柄の忖度でもあったのか?」
「さあ? 何度も留年してるって噂だし、昔は今と選考基準が違った可能性もあるから、受かったこと自体がまぐれなんじゃね」
「あー、それはあるかもなー。つかさ、バディ組んでる女も間抜けだよなあ。あんなへっぽこと組むぐらいならソロで稼いだほうが断然マシなのに」
いくらなんでも言い過ぎだ。ムッとして言い返そうと思ったエマだったが、すかさずロアが服の裾を引っ張りそれを止めた。
「……大丈夫、慣れてるから」
「でも……」
「いいの。それより、僕はエマの魔法が見たい」
「へ? 私の?」
「……うん。できる?」
期待に満ち溢れた眼差し――厳密には前髪に覆われていてよく見えないため、そんな気配を感じるだけなのだが――で、訴えかけてくるロアに、エマは冷や汗を滲ませながら「た、多分……」と、自信なく答える。
学園に入学した以上、これからいやというほど人前で魔法を披露していかなくてはならなくなる。まだ本格的な魔法講義が始まっておらず魔力のコントロール方法を学んでいない状態ではうまく魔法を扱えるかどうかは不安しかなかったが、やるしかないだろう。
エマは懐から魔法杖を取り出すと、緊張気味にそれを握った。
(できすぎてもだめ、できなすぎてもだめ)
(辛うじて成功するぐらいに調整するのがベターなはず)
(大丈夫、きっとできるはず……)
呼吸を整えてから目を瞑り、小さな声で詠唱を始める。
今までにも何度か、やむをえず孤児院の施設内で魔法を使ったことがあったが、その際は周囲にいたのが気を許した身内だったこともあり、ある程度リラックスして魔力のコントロールができていたと思う。だが、当時の状況と比べ、今の環境はあまりにも気が張り詰めすぎている。
失敗して、有り余る異常な魔力を放ってしまったらどうしよう。
失敗して、他の生徒達に怪しまれてしまったらどうしよう。
失敗して、自分が『いにしえの魔女』だとバレてしまったら、自分はどうなってしまうんだろう。
そんなネガティブな思いが平常心を奪い、徐々に魔力の制御ができなくなってくる。
(ま、まずい……)
くぐもった声で詠唱を続けながら、エマは自分が今、必要以上に魔力を高めて尋常ではない高等魔法を放とうとしていることに気がついていた。
「……、……〜……」
「お、おい。アイツの魔法見ろよ。なんかオーラがすげえバグってないか?」
「わ、マジだ。え、やばくね?」
(だめ、抑えろ、抑えるのよエマ……)
高潔魔力者にとって瞬間的に魔力を高めることは簡単でも、それを制御したり鎮めることにはそれなりの技術が必要となる。魔法生活を避けて暮らしてきたエマには、当然まだその技術はなかった。
このまま手加減なしに魔法を放てば、以前のヒッポグリフ暴走で咄嗟の黒魔術を放った時のように、焚き火台を猛火で爆破しかねない。
隣にいるロアの、興奮と期待が入り混じったような視線が突き刺さり、その眼差しに煽られるように魔力の制御が効かなくなってくる。
(ど、どうしよう、止まらな……)
「なに硬くなってんだよ」
「――っ!」
緊張がピークに達する寸前、突然背後から囁かれた声。
動揺する間もなく肩が引き寄せられ、あれよあれよともう片方の手で、杖を持っていた腕を支えられた。
「力抜け」
「な、レイ・グレイ――」
「余所見してんな。俺と呼吸を合わせて前だけ見てろ」
「……っ」
困惑の声をピシャリと遮られ、杖を持った手の上に、黒い手袋を嵌めた彼の手が重ねられた。
どきっとして後退りそうになったが、背後にはピッタリとくっついているレイ・グレイスの体。下がったところでさらに距離を縮める結果にしかならないので、そのままの体勢で踏みとどまることにして、言われるがままに前だけを見る。
「呪文は『灯れ、炎の加護』、だ。……ほら、復唱」
耳元で囁かれ、エマはしどろもどろになりながらも、腹を括って復唱する。
「灯れ……炎の加護!」
レイと呼吸を合わせるようにその呪文を唱えると、彼に掴まれた手がひらりと動き、さし示した棒先から、適正火力に調整された炎が揺るぐことなく真っ直ぐに飛んでいった。




