使い魔シャルル
◇
(はあ、どうしよう……)
ヴェルモンドに入学して初の授業となる『召喚魔法術』を受講中、幾度となくため息をつくエマ。というのも、右を見ても左を見ても、クラスメイト達の指にはすでにバディリングがはめられており、完全に自分だけが取り残されている状態。
ソロで、とも考えた瞬間もあったが、やはりこの中でソロを貫くのは気が引ける。どうしたって目立って浮いてしまうだろう。
「えー、つまりこの魔法陣を介して使い魔を召喚し、以降のカレッジライフでは密に連携をとることとなります。使い魔は、時として後に会得する守護獣とリンクする可能性があったりと、重要な役目を担いますので心して召喚するように。では、各自に配られているペンダントを手に取って、先ほど説明した手順で召喚を始めてください」
エマは心ここにあらずといった状態のまま、自分の手元にあるペンダントを手にする。
中央に魔法陣のチャームがついた、金色のネックレスだ。
それを首から下げ、チャームの前に両手を広げて魔力を高めると『使い魔』が召喚できるらしい。魔法使いにおいて『使い魔』は欠かせない重要な存在であると、先ほど教壇にいる教員が滔々と説き伏せていた。
「よーし、出でよ使い魔!」
「わっ。失敗した!」
「できた! 成功したわ! 私の使い魔はネズミよっ」
さっそく、周囲にいる生徒達が呪文を唱え、使い魔を召喚している。
カラス、フクロウ、ネズミ、カエル、ヘビ、ウルフ、コウモリ、ピクシー……など。実体はあるがあくまで幻獣や精霊の一種なので、色はとりどりだし個性も豊か。流暢に挨拶をするピクシーから喋るネズミ、喋らずとも火を吹くミニライオンなど。教室内は様々な使い魔や、召喚に成功して安堵する生徒の声で賑わっている。
(召喚魔法か……)
召喚魔法といえばエレーナの得意分野だったっけ、なんてそんなどうでもいいことを思い出しつつ、
(よし、私も……)
バディの件を一旦傍に置き、出遅れないようエマも胸元に両手を広げて魔力を集中させる。囁くように呪文を唱えると、魔法陣が緩やかな光を帯び、やがて目の前にポンっと黒い物体が現れた。
「にゃー!」
「!」
「よくぞ我をヴェルモンドの地に呼び出した。我が名はシャルル・クライン・ロズウェル七世、由緒正しき『いにしえの魔女』の従者、シャ・ノワール……ぶにゃっ」
机にちょこんと乗って、さも得意げに名乗りを上げるもふもふの黒猫。貫禄のある名前の割に、見た目はどちらかというと幼猫体型っぽい。
しかし問題はそこではなくて。エマはとんでもない発言をする黒猫の口をガバッと押さえると、ダラダラと冷や汗を垂らしながら後退る。
「むごむご」
よかった。辺りを見渡すが、皆、自分の使い魔を召喚するのに精一杯で、エマと黒猫のやりとりには全く関心を抱いていない。二人の会話も、室内の騒音にかき消されているため他者の耳に入った可能性は低いだろう。安堵はしたが、ここで彼(彼女?)の体を解放すれば、また余計なことを喋り出しかねない。
「にゃむにゃむ」
「あ、あの先生っ」
「エマ・スカーレットさん。どうかされたの?」
「そ、その……ちょっとお手洗いに行ってもよろしいでしょうか?」
「あら、構わないわよ」
快く承諾してくれる教員に、エマは愛想笑いを浮かべながら会釈を交わし、逃げるように教室を飛び出す。エマはそのままトイレには入らず、すぐ隣にある個別の自習室に飛び込むと、鍵を閉めてから黒猫の体を解放した。
「ブハッ。いっ、いきにゃりにゃにするにゃ主!」
「ごっ、ごめん! だけどさっきのは無し! 『いに▽×◯魔女』とか言っちゃうのは絶対に『無し』の方向で!!」
「? なんでにゃ? 主はまごうことなき『いにしえの魔女・七代目』の……もにゃっ」
「しーっ、しーっ!! だから、どこまで知ってるのかはわからないけど、お願いだから『いに▽×◯魔女』に関してのことは秘密にしておいて欲しいんだってばっ」
口を塞がれながらも、怪訝そうに首を傾げる黒猫のシャルル。
エマは四方が壁に覆われた個室を注意深く確認してから、改めてシャルルに自分が『いにしえの魔女』である事実を隠していることを説明する。
「……ふむ。つまり、『いにしえの魔女』であることがバレると、主は魔女を忌避する人間どもに平穏な暮らしを阻害されかねにゃいから、隠しておきたいと」
「うん、そういうこと。って、あの、お願いだからその『いに▽×◯魔女』って単語も誰に聞かれるかわからないし不吉だから極力タブーで……」
「うにゃあ。了解にゃあ。それにしても『いにしえの魔女』ともあろうお方が、非力な人間どもに気遣って生活するだにゃんてにゃんか癪にゃあ」
「……。ちょっと黙ろうかキミ」
「にゃ! でも主の命令なら仕方にゃいし、ちゃんとヒミツにするから安心するにゃ!」
渋々ながらもエマからの願いを受け入れるシャルル。エマはふうと息をつきつつ、改めて彼(彼女?)に向き直って挨拶を交わす。
「ありがとう。えっと、シャル……でいい?」
「我は主の従者であり使い魔。好きに呼ぶにゃ」
「じゃあシャル。ちなみにあなたはどこまで私のことを知っているの?」
「答えよう。シャルは主のことなら何でも知ってるにゃ。ヴェルモンド式で呼び出そうが、自己流で呼び出そうが、『ほにゃらら七代目』の使い魔は歴代このシャルル・K・ロズウェルが務めることが使い魔業界で決まっているからにゃ」
自信に満ち溢れた顔でふふんとこちらを見てくるシャルル。
今回はちゃんと要望通りに自重してくれたようだ。
愛くるしい見た目によらず、態度だけは大きいが。
「使い魔業界のことはよくわからないけど、そういうものなのね」
「うにゃ。通常、ヴェルモンド式で呼び出された使い魔は、ヴェルモンドで呼び出された以降の記憶しかもたにゃい小間使い仕様になってるはずにゃが、シャルは特別にゃ。先代ロズウェルの記憶もあるし、賢いにゃ」
「自分で言っちゃうのね」
「褒められたら伸びる子にゃから、主が言ってくれても構わにゃいぞ」
「ちゃっかりしてるわね。ああ、そうそう。主じゃなくてエマでいいよ」
「様つけないにゃ?」
「堅苦しいのは嫌だもん。気軽に接してもらって構わないんだけど、皆の前では不用意な発言をしないよう、今みたいな感じで気をつけて欲しいかな」
「む。かしこまったにゃ!」
得意げに胸を張って答えるシャル。自信たっぷりな表情は愛らしいが、うっかり口を滑らせないか不安でならない。
「これからよろしくね、シャル」
「にゃー」
まあそこは『賢い』を自称するシャルを信じるとして。
かくして無事に使い魔を召喚し、シャルとの密約を交わしたエマは、彼を肩に乗せるとこそっと自習室を出る。教室に戻ると、室内は新たに召喚された幻獣やら精霊で溢れ返り、先ほどよりさらに賑やかになっていた。
残り数分、使い魔の用途や帰還方法を習熟して、その日の『召喚魔法術』は終わりを迎える。これで、ヴェルモンドでのカレッジ生活に必要な基本事項は大方揃ったようだ。
あとは問題のバディ探しである。
果たして、二日後に迫っている課外学習までに、気の合う相手は見つけられるだろうか。
バディリングを指に宿した生徒たちが仲睦まじく教室を出ていくのを横目に、エマは沈鬱な表情のまま席を立ち、教室を後にした。




