ご機嫌いかが?
◇
Bクラスのメルンは、教室内で早くもたくさんのクラスメイトたちに囲まれていた。
エマはなんとか彼女を廊下に呼び出して、まずは彼女の魔力属性カラーを確認してみたのだが……。
「ええっ。エマ、ブラックなの⁉︎」
「うう。まさかメルン、貴女もブラックだったなんて……」
彼女とは属性カラーがかぶっていることが発覚。二人は落胆する。
「はうう。十二色もあるから大丈夫だと思ったのに……」
「私もだよ……。どうして同じカラーじゃダメなのかな」
「えっとね、エマ。さっき関連資料を読んだんだけど、バディを組むと、定期的に行われる試験で、バディ専用で扱う魔法も査定内容に入ってくるらしいの。だけどその魔法は、同じ属性カラー同士が組むと、一定属性の魔力が強くなりすぎて暴発したり、場合によっては危険な魔法に変形したりすることもあるらしいから、一人前の魔法使いになって力の制御ができるようになるまでは、バディの相手として制限をかける必要があるんだって」
「なるほど……。そういうことなのね」
確かに、制御しづらい魔力を他人と協同して扱うなど、それ自体が危険なことだ。
そもそもヴェルモンドは魔力者の中でも、優れた魔力を保有している者が多い。組み合わせればそれなりのリスクが伴うということで、カレッジ側としては当然の配慮なのだろう。
「ふええ。私、エマがいないと不安だし、バディ組むなら絶対エマとが良かったんだけどな……」
肩を落とすメルンを「仕方がないよ」と慰めるエマ。
それぞれの属性カラーにどのような意味合いがあるのかは分からないが、アンジェリーク家の血筋を持つ彼女と、いにしえの魔女であるエマのこと。血は繋がらずとも高潔魔力者としてのシンパシーを感じていたため、もしや……とは思っていたが、まさか本当にカラーがかぶってしまうとは思わなかった。
意気消沈しつつも、これはもうどうしようもないだろうとエマは割り切ることにする。
「大丈夫。メルンならきっと、どんな人と組んでもうまくやっていけるよ」
「そんなことないよう」
「自信持って。せっかく憧れのヴェルモンドに入れたんだし、これも修行の一つだと思ってがんばろ?」
「……ん」
涙目になるメルンを精一杯励ましてやると、彼女は深呼吸の後、ようやく現実を受け入れるように前を向いた。
彼女とは寮も離れてしまったし、いよいよメルン離れをしなければならないと思うと少し寂しいが仕方がない。そのまま二、三会話を交わし、メルンと別れるエマ。
(バディか。どうしよう……)
誰にも迷惑をかけず、目立たないようひっそり学生生活を送る予定だったエマは、新たな友人すらも作る予定がなかった。
ソロとしてやっていくことと、メルン以外のバディ相手を探すことを天秤にかけながら、さてどうしたものかと頭を悩ませつつ、エマはその日、早々に寮に戻って対策を練ることにした。
*
なんの考えもまとまらないまま迎えた翌日、朝早くに登校すると、すでにカレッジ内には仮契約を交わしたと思しきバディ同士で溢れていた。
仮契約を交わすと、左手の中指にそれぞれペアの紋様が刻まれるらしい。
誰しもが誇らしげな顔で紋様の入った指をちらつかせ、バディ相手と肩を並べて歩いている。
この調子じゃすぐに目ぼしい人は契約が決まってしまい、日に日に選択肢は狭まっていくだろう。どうしたものか……と、エマが中庭のベンチに座ってため息をついていたところ、ふと、目の前に影が落ちた。
「あら、スカーレットさん。ご機嫌いかが?」
「……? っと、エレーナ!」
顔を上げると、そこに立っていたのはエレーナだ。
いかにも見せびらかすように顎に添えられている彼女の指にも、薔薇のような紋様が刻まれている。
「エレーナ、もうバディ相手見つけたの?」
「当然じゃない。カレッジにさえ入れればもうこっちのもんよ。その辺のウィザード達は皆、私の美貌の虜。何人の男から申し込まれたことか」
「そ、そう……。いい人がいたならいいけど、エレーナのことだから顔とステータスだけで選んだんじゃ……」
「そうだけど?」
エマの懸念に、全く悪びれずに答えるエレーナ。エマは苦笑を滲ませながら、率直な考えを返した。
「いや別に、悪いわけではないけど……。バディはお見合い相手ってわけでもないし、一度組んだら基本的には卒業まで関係が続くらしいから、慎重に選んだほうがいいんじゃない?」
「余計なお世話よ。〝質〟の問題で男女がペアを組むのは普通のことだし、関係が続くったってスコアさえ稼げればいくらでも相手を変更できるんでしょう? 特に入学したてでサンプル期間の今は無条件に変更できるみたいだし、迷ってたら目ぼしい男が逃げちゃうわ」
「それはそうだけど……」
確かに、性別によって魔力の質の差はある。男女で組んだ方がバランスよく魔法が扱えるだろうけれど、だからといって固執する必要はないし、あまり誠意のないバディ変更は相手にとって失礼じゃ、と言いかけてやめておいた。
長い間、共に施設で暮らしてきたからわかることだが、こちらの話を素直に聞き入れてもらえるほど、彼女は素直な性格をしていない。むしろ捻くれたエレーナのことだから、反発心で状況悪化にもなりかねないと思ったからだ。
「それに。今はまだ行動に移せる段階じゃないから大人しくしてるけど、いずれ私は、レイ様のバディになるって決めてるし」
「はい!?」
得意げな顔でそう言い放つエレーナに、エマは素っ頓狂な声をあげる。
「なによそのアホ面。昨日アンタ、レイ様とお話ししてたでしょう?」
「エレーナ、あの男のこと知ってるの?」
「知ってるもなにも有名じゃない。レイ様や御三家の方々はヴェルモンド内にとどまらず、あらゆる魔法雑誌で、本人非公認の秘密の特集が組まれるほど人気の魔法使いなのよ」
「そ、そうなんだ……」
「っていうかアンタ、入学したてだっていうのに、なんでレイ様とお知り合いになってるわけ? 意味わからないんだけど」
「……」
その全ては貴女が仕組んだであろう、メルン受験票紛失(盗難?)事件のせいだと言いたいところだったが、グッと堪えた。証拠がないので、安易に責めることはできない。
「まあ、ちょっとね……」
「なによ歯切れの悪い。まあいいわ。とにかく、いずれはレイ様と組むって決めてるから、今は繋ぎで妥協しようってわけ。邪魔しないでよエマ」
「別に邪魔なんてしないわよ。ただ……あの人、人気あるんでしょう? だったらすでに組んでる人いるんじゃ」
「アンタ、昨日、話してる時に彼の指見なかったの? バディリングがついてなかったでしょう? それに、噂では彼は誰とも組みたがらないソロリストらしいから、時間をかけて私が、彼の心を解きほぐして差し上げようと思ってるの」
「……そ、そう。いいんじゃない? あの人、他人に興味ないらしいけど、金髪なら好きそうな顔してるし」
いや知らないけど。エレーナの執着を買うのも面倒だし、レイ・グレイスのことだから別にどうでもいいやと思って適当に相槌を打つエマ。案の定気をよくしたエレーナは、ご自慢の金髪をフサリとかきあげながら、勝ち誇ったようにこちらを見下ろしてきた。
「まあね」
「まあ、頑張って」
「ふん。言われなくたって頑張るわ。あなたの方こそ、せいぜい無難な相手を捕まえることね。……じゃ」
言いたいことだけを言い置き、ツンとした態度でその場をさっさと立ち去っていくエレーナ。元々難ありな性格だとは思っていたが、ここへきて輪をかけて高飛車な態度が板についてきたように思えなくもない。エマはやれやれとため息をつく。
(確かに人の心配している場合じゃないな……。私も頑張ってクラスメイトに声をかけてみよう)
エマは立ち上がり、教室へ向かう。
残念なことに、クラスの女子のほとんどはその時点ですでにバディリングが施されており、思いのほか皆が早くに――おそらく昨日のうちに――バディ獲得に努めていたことを知り、愕然とした。
かくしてエマは、早速窮地にたたされるのであった。




