誰なの!?
◇
「はい次。学籍番号7077番エマ・スカーレット」
エマの名前が呼ばれる。
「エマ・スカーレットさんー?」
「あっ。はい!」
うっかりしていた。このカレッジに入学するとき、ファミリーネームがないと家柄による品格を重んじる一部の生徒たちから不当な扱いを受けるかもしれないというリムダの配慮で、カレッジ側に特待生特殊申請を出し、エマはリムダのファミリーネームを拝借して入学手続きをしていた。
孤児院出身の入学者にはよくあることなのだそうだが、事情はともあれ、エマは恩人であるリムダのネームを背負えることを誇りに思いつつも、反面、彼女の名を汚すような失敗は許されないという大きな緊張感と重圧を背負ったような気持ちで、慌てて返事をする。
「では、こちらの計測器を握って、魔力を高めてください。やり方がわからなければ、念じるだけで結構です」
「は、はい」
担当の教師に水晶のような魔道具を差し出される。
大丈夫だ、何も考えずに受け取るだけでいい。
高すぎるのはダメ、かといって低すぎるのも目立ってしまう。中間値、あるいはその前後ぐらいが目立たないベストな値だろう。
リラックスリラックス。エマは自分自身に言い聞かせ、緊張しながらもそれを受け取ろうとした……が。
――パリンッッッ!
「!?」
「うわっ」
学籍番号からして不吉な予感がしていたけれど、やはり気のせいではなかった。
受け取った瞬間、目にも止まらぬ速さで数値が上限に達したばかりか、まさかその勢いのまま計測器を壊してしまうとは。
「な、なんだ今のは……!?」
「え、何!? あの子今、計測器を握った瞬間、粉砕した!?」
「どういうこと? それだけ凄い魔力ってこと!?」
「そりゃそうでしょう! だって一瞬、見たことない数値が表示されていたもの!」
どよめく場内。視線が次々と集まってくるうえ、ヒソヒソ声が広がって徐々に場内の困惑が大きくなっていく。
(ま、まずい、どうしよう……)
――なんとかして誤魔化さなければ。
硬直したままだらだらと冷や汗を垂らしていたエマは、咄嗟にバッと身を翻してファイティングポーズをとる。
「……!?」
そして、鋭い目線で周囲を牽制しつつ、毅然とした声を張り上げた。
「だっ、誰? 誰なの!?」
「えっ」
「誰か今、私の計測器を狙って攻撃魔法を仕掛けたでしょ!」
「なっ」
「なんだって!?」
「きっと、さっきグレイス先輩と親しげに会話していた私を妬んで……」
こんな時こそレイ・グレイスの活用である。あたかも被害者を装って迫真の演技で責任転嫁を決めると、意外にもあたりのざわめきは鎮まり始めた。
「ああ、なんだ。そういうことか」
「びっくりした……何事かと思ったよ!」
「なるほどね。まあ、あの親衛隊たちを敵に回したぐらいだから、それぐらいの仕打ちはあり得るわね」
どうやら今ので納得したようだ。
担当の教員までもが、腑に落ちたような顔で居住まいを正している。
あの男、なかなか役に立つなと、エマは密かに胸を撫で下ろした。
「まったく……。驚かさないでちょうだい。誰なんです、こんな悪戯をしたのは」
もちろん、誰も手を挙げない。エマはスッと苦渋の表情を作ると、神妙な声色で話を遮った。
「先生、大丈夫です。確たる証拠もありませんし、これぐらいで心を乱していては、この先に待ち受けている厳しい魔法訓練を乗り越えてはいけませんから」
「それもそうだけど……」
「どんな事情があれ、計測器を壊してしまったのは私の責任です。必要であればなんらかで弁償を……」
「いや、魔道具の故障かもしれないし、一介の生徒にそんな負担はさせられないわ。とにかく時間も押してるし先に進めましょう。はい、皆さんも列に戻って!」
担当教員の一声であたりのざわめきは完全に鎮まり、新たな計測器がこちらに差し出された。
深く息を吐き出すと、無気力状態をイメージしながらそれを受け取り、無心で軽く握る。
「……」
今度はうまくいったようだ。計測器である水晶がほわんと光り、やがて、球体の中に『黒い数字』を描き出す。
――435。
それがエマの測定値だ。500が中間値なので、やや下方寄りではあるがまあまあの出来だろう。触っただけで計測器を壊すより何倍もいい。
「ブラックの435ですね、Dクラスへ。初期のバディは属性カラーがブラック以外の相手と組むこと。いいですね?」
「わかりました。ありがとうございました」
聞きなれない言葉が耳に触れたが、今はそれよりも無事に計測を終えられて命拾いしたと心底安堵するエマ。
お辞儀をして踵を返すと、目立たないように、目立たないようにと、口の中で暗示を繰り返しながら速やかにその場を立ち去る。
次は指定されたクラスの教室でガイダンスがあるはずだ。
「……にしたって、もし本当に悪戯でこの計測器を破壊したのなら、ずいぶんな魔力の持ち主がいるのね。今年の入学生は侮れないわ」
去り際――。
担当教員が壊れた計測器を見つめながらこぼしたつぶやきは、全力で聞こえないふりをすることにした。




