第35話 『タタカイ』
第35話 『タタカイ』
薄暗い病室の中、紫苑は全てを振り切る様に、無情にも眠る春香に向かって刀を振り下ろした。
漆黒のカーボンセラミック複合材製の刀が半身不随の春香の体を外す理由が無く、ぐさりと布団の上から春香の胸を貫いた。
悲鳴を上げる事も無く、動かない体。
全てが終ったと思った瞬間口を押さえていた腕を掴まれた!
(っ!?)
紫苑はぎりぎり声を抑えて、その場を飛び退いた。
カーテンをすり抜けた外の明かりで辛うじて輪郭が分かる程度の視界の中、微かなモーター音がしてベッドが動く。
「貴方はそんな事をしてはいけないわ」
ゲームの中で何度も聞いた声がする。
ゆっくりと上体を起こし、ベッドの上の女性が此方を見ている。
薄暗い部屋の中でもその表情が、物悲しそうに見えた。
「ツバメちゃん・・・いえ、紫苑ちゃん」
優しそうな初老の女性が此方を見て、悲しそうに微笑んだ。
「貴方は、お母様似なのね・・・」
「おまえが!?」
睨む私を、愛おしそうに、そして悲しそうに見ているのが分かる。
今殺されそうになった事など無かった様に、私に向けられる愛しみの表情が私の中の何かを掻き乱した。
「生き残った里の人達は今は普通に暮らしてると聞きます。里長も無くなり、忍の技ももう・・・」
「それはお前が!?」
そうだ、全てはこの女が里を抜けたから、皆を傷付けたから、長を裏切った、父と母を傷付けた。そして、祖父も両親も死んだ!
「それでも、貴方の御両親も長も貴方が人殺しをする事を望んでいないわ。勿論私も・・・」
「お前に何が分かる!お前に何が・・・祖父は無念の中で亡くなった!両親もお前の戦いの所為で亡くなった!」
もう、私の心は無茶苦茶だった。いや、ハルさんが春香さんだと確信した時点で私の心はぐちゃぐちゃだったのかもしれない。
これまで辛うじて抑えられていた声も大きくなっている。
「全部、全部お前の所為だ!」
自分でも何を言っているのか分からない。
里とか忍びの掟だとかは関係ない、無念の中亡くなった祖父の思いと、家族を奪われた子供の何処にもぶつけ様の無い怒りだ。
ぐちゃぐちゃの頭で思考も停止した私は、どす黒い何かに突き動かされただ目の前の敵を仇を殺す事しか残ってなかった。
私はただ無茶苦茶に飛び出し、動けない老女に斬りかかった。
私の刀は春香の首を捉え、確実に切り落とした!そう思ったが私はその時、天井を見ていた。いや見せられていた。
春香は唯一まともに動く右手で紫苑の手を取り、返し、投げたのだ。
「がはっ!?」
自分の飛び出した勢いそのままに、背中から壁にぶつかり息が止まる。
大きな音を立て床に落ちる紫苑。だが紫苑は息が詰まったままその場から飛び退き、距離を取って無理やりに息を吐いて呼吸を取り戻した。
見れば春香はベッドの上から動いていない。調べに寄れば下半身不随、左手も碌に力が入らない筈だ、なのに私は投げ飛ばされた。
一気に体力を奪われた様な気がする。
信じられない反撃に、急速に頭が冴えてくる。危機感が、戦場が紫苑の思考を研ぎ澄ます。
「もう、あんな愚かな事はしない。確実に仕留める」
「ダメよ、ご両親が悲しむわ、それに長も・・・」
「だまれ!ならば私を倒せば良いだろう!これまでの刺客にしてきた様に、父や母にした様に!」
私の怒号に、春香さんは悲しそうに首を振って涙を浮かべた。
「そんな事、出来る訳無いわ。私はもう誰も殺さない・・・40年前、そう誓ったのよ」
「なっ!?」
「そして、貴方の御両親に約束したもの。もし貴方が私の所に来ても貴方を傷付けないと約束したのよ、音羽紫苑ちゃん」
「嘘だ!」
恐らく、本当の事なのだろう。でなければ春香が私の本名を知っている筈が無いのだ。
「本当よ。貴方のお母さん、澪ちゃんとは仲が良かったから・・・」
「うそだ!」
そんな人が、母を傷付けた。
「私は貴方を傷付けたくない・・・」
「うるさい!」
「もう、やめましょう」
「うるさい!うるさい!」
「里が無くなったも、里の人達が離れたのも、父と母が亡くなったのもお前の所為だ!」
「ツバメちゃん・・・」
「違う!?私を止めたければ私を殺せ!」
半身不随の老婆相手に、馬鹿な事を言っている。そんな事にも気が付かない。私は本当に・・・。
この会話の間に、痛みは随分落ち着いた。ただ近寄ればさっきの二の舞になるかもしれない。悔しいがあの人は強い。里で最強と言われた人なのだ。
近寄らなければ確実だと、クナイを投げるにも後ろと左側は壁の所為で距離が取れない。しかし、足元や右側からで防がれてしまうかもしれない。
「ならば!」
紫苑は左手で二本のクナイを顔に目掛けて投げて、其れより速く右手で2本のクナイを投げた!
狭い部屋での一瞬の出来事、後から投げた2本が最初に投げた2本に当たり、軌道を変える。
チィン、チィン!
そんな直前での軌道変化にも対応して、春香は動く右手1本で防いだのだ。
2本のクナイは天井に刺さり、弾かれた2本は壁に当たり床に落ちた。
どうやってクナイを弾いたのかと思えば、その手にはプラスチックのフォークが有った。
怖ろしい程の力量、この薄暗い部屋で今だこれだけの事が出来るのだ。
(だが!)
紫苑は再び左手で2本のクナイを投げ、右手で更に2本、天井に向かって投げた!
チィン、チィン!天井に向かって投げた2本が先に刺さっていた2本に当たって跳ね返り。4本のクナイが春香に迫る。
だがその4本を全て弾いた。
今度は私の投げたクナイの切っ先を摘み、そのクナイで残りの3本を弾いたのだ。
「そんな・・・」
「もう、やめましょう。ね、紫苑ちゃん」
病院で爆発物は使えないと持って来なかったのが、悔やまれる。
「まだだ!」
紫苑は刀を抜いて構えた。
近寄れば、危険な事は分かっている。しかし、もうこれ以上時間も掛けられない。そして、二度とこんなチャンスは無いだろう。
「確かに貴方は強い。自由に動けるゲームと同じ位に。でも所詮はその体っ!」
紫苑は一気に飛び出すと、壁や天井を蹴って縦横無尽に部屋の中を飛び交った。
「貴方がどんなに強くても!これなら『桜花繚嵐』!」
高速移動から放たれる12本のクナイと弧を描く10枚の手裏剣!
壁が邪魔をしてる為左側と背中からの攻撃は出来ないがそれでも20以上のクナイと手裏剣が襲い掛かる。そして、その攻撃に対応した瞬間の隙を付いて、私が渾身の攻撃をすれば。
「それでも、無理なのよ紫苑ちゃん」
『桜花繚嵐』そう小さく呟いて、春香さんは消えた。
耳元で優しい声がする。
「私ね、一生懸命努力したの・・・貴方を守る為に」
そこで、私の意識は途切れた。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
【お婆ちゃん、VRMMOで余生を謳歌する!】も残り3話となりました。最後まで読んで頂けたら幸いです。
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