さようなら、最初の親友
明らかに寝ていないトールの説明により、わたしでもなんとなくわかった。
元からある野菜や薬味などを品種改良し、特定の材料を混ぜ合わせ、体を病弱になるように変えているのでは、というのがトールの見解だった。
これならば、ゆるやかに体調が悪くなっていくので発覚しづらい。風邪なども、かかりやすく治りにくく、ほかの病気も併発しやすくなる。
「あくまで、この成分を見た僕個人の意見なので、断定はできません。城での結果がわかったら、僕にも教えてくださいませんか?」
「もちろんだ。ノルチェフ家には……本当に力になってもらっているな」
「姉さまのためですから!」
ブレないトールはもはや様式美のようになっている。誰もツッコミを入れないまま、和やかに受け流してくれていた。
「姉さまの力になってくれてありがとう、トール。しばらくはゆっくり休んでちょうだい」
「そうさせてもらいます。おやすみなさい、姉さま」
クリスに連れられてこっそり帰っていったトールとマリナを見送ってから、みんな忙しく動き回りはじめた。
お邪魔虫は、手軽につまめる晩ごはんを作っておくことにした。串揚げパーティは、またの機会だ。
やることがたくさんあるというので、翌日の学校は休むことになった。一日休んだあと学校へ行き、帰る間際にキャロラインが扇越しにそっと囁いた。
「今日、お茶会にいらっしゃって」
「まさか……」
「信頼している者をひとりだけ連れてきてちょうだい。聞かれたくないの」
「わかったわ。一度部屋へ帰ってからお邪魔するわ」
部屋に帰って手土産を用意して、アーサーと行くことになった。
「キャロライン嬢は敵ではないが、油断はしないでくれ。何かあれば防犯の魔道具を起動するように。通信の魔道具で会話は聞いておく」
「かしこまりました。いってまいります」
緊張した面持ちで見送られ、キャロラインの部屋に入る。
いつもは複数の使用人がいるが、今はたった一人の侍女しかいなかった。
緊張しきったわたしを見て、キャロラインが首をすくめる。
「お菓子を食べないと怒るのが一人いるのだけど、今はそんな空気じゃないわね」
「本当は食べたいのだけれどね。本当に食べたいのよ」
「ぜひ持ち帰ってちょうだい」
くすりと笑ったキャロラインは、机の上に防音の魔道具を出して起動した。
「……怪しい人物を見つけたわ」
空気がぴりりとする。
「私の家は商家だと伝えたわよね? 行く先々で、いろんな噂を聞くのよ。危険がありそうなところへは行かないようにしたり、売れそうな商品を持っていったりね。あなたに言われてから、私にも情報を流してもらうようにしたの。推測しあったりして、すごく楽しいわ」
お茶を飲んで喉を潤し、キャロラインは続けた。
「……おそらく、バルカ領にダイソンの側近がひそんでいるわ」
その瞬間、後ろからぶわっと冷気が漂ってきた。アーサーだ。
殺気を隠そうとせず、何ならここで斬るくらいの気迫を、背後に感じる。ちょっと……いや、だいぶ怖い。
「わたくしが頼んだのは、学校に関する人物よ。どうしてダイソンが出てくるの?」
「お貴族様は、商人を対等の相手だとは思わないわ。ペットの前で素を見せるように、ぺらぺらと喋ってくれるのよ」
「つまり?」
「ダイソンと王弟殿下に関することを、かなり正確に知っているってこと」
「……それって、極秘で簡単に手に入らない情報ではなくって?」
思わず、素で尋ねてしまった。
「あら、お貴族様の学校へ入学するほどの大商人よ。私の家を見くびらないでほしいわ」
パンっと扇を広げ、キャロラインは微笑んだ。いつもの明るいものとは違い、少しばかり艶をはらんでいる。
「病気だと偽って行方不明の王弟殿下、そしてあの執念深いダイソン。城で何かあるたびに、そんな話題には興味がないとばかりにティアンネ様が休んでいる理由。急に現れた、声の違うティアンネ様。……少し考えれば、わかることだわ」
……まずい。
アーサーが今にも斬りかかりそうだ。
「どうしてそれを、わたくしに明かしたの?」
「私は、今のティアンネ様が好きなの。私に新しい道を教えてくれて、ちょっと思考回路が変で、前向きなティアンネ様が。私が協力するのは、あなたがあなただから。それを知っていてほしいのよ」
「……そうなの」
「誰にも言うつもりはないわ。ただ、ティアンネ様が探している情報が手に入ったから教えるだけ。情報屋という、素晴らしくも新しい道を示してくれた、顧客第一号のティアンネ様に、格安でね」
扇をたたんだキャロラインは、眩しい笑みを浮かべていた。
「あなたの本当の名前を教えて。そして、もう一度友達になりましょう。私、本当にあなたのことが好きなのよ。この学校で初めてできた友達で……親友だわ」
「キャロライン……」
見つめ合うわたし達。ドラマなら、きっといい音楽が流れている。
それをぶった切ったアーサーが、こっそり耳打ちしてきた。
「条件をのんでください。おそらく、毒を作っている者の居場所です」
頷いて、キャロラインを正面から見つめた。
「わたしの本当の名前は……アリスというの。口調だって、いつもはお貴族様風に話していないのよ」
「たまに口調が崩れてたわよ」
「えっ」
「いい名前ね、アリス。私はキャロラインっていうの」
「よろしく、キャロライン」
こういう時にはどういう行動をすれば正解かわからないので握手を求めてみたら、キャロラインは笑いながら握手をしてくれた。
「バルカ領とオルドラ領には、結構な頻度で仕入れに行くの。怪しい男は、定期的に大量に仕入れていくらしいの。別に珍しいことじゃないわ。……でもね、その客は、目立つのよ」
急に真面目なトーンになったキャロラインは語った。この落差についていけていないのはわたしだけのようなので、ちゃんと真面目な顔をする。
「陽気で、ひとりなのに賑やかな男だそうよ。でも……目が。目が笑っていないと、みんな口をそろえて言うわ。夢を見ているように、目の前の人を通して何かを見ている。大量に購入して、早ければ数週間、遅くとも数か月後にはいなくなる。そして、忘れたころにやってくる。バルカ領とオルドラ領を点々としているのよ」
「それがどうしてダイソンの手先だと?」
「ダイソンと繋がりがあった貴族だからよ。……前皇后が崩御されてから、ぱったりと出てこなくなったわ。後を追って自死したと噂されていたのだけど……おそらく、その男よ」
「その男の情報と居場所がほしいわ」
「まとめてあるわ。どうぞ」
封蝋がしてある封筒をアーサーに渡して、すっかり冷めてしまったお茶を飲む。体が変に火照って、今はこの冷たさが心地よかった。
「……行ってしまうのね」
「たぶんね」
「せっかく友達になれたのに」
「また会えるわよ。それまでにキャロラインは学校中の情報を網羅して、弱みを握りたいだけ握ればいいのよ」
「ふふっ、そうね。まずはこの学校からよね。任せて、一大組織にしてみせる」
「……わたしのことはあまり探らないでね。変なことしか出てこなくて笑われそうだわ」
「あら、アリスのことを知らないと、ピンチに助けられないじゃないの」
「ううーん、反論できない」
キャロラインと素のままお喋りを少しだけして、早々にお暇することにした。
寂しそうなキャロラインと抱き合って別れたあと、急いで部屋へ帰る。うまくいけば、敵に気付かれる前に一網打尽にできる。
はやる脚のせいでちょっと転びかけたけど、無事に部屋につくことができた。
アーサーも手紙の内容が気になっていたおかげで、ツッコミやダジャレを言われないで済んだ。よかった。