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執念の再熱

 ようやくわたしが出来る仕事がきた。


 あれからたくさん分析して、商品が少なくなってしまった。追加購入は早すぎるかと思ったけれど、上級貴族からすれば、そうでもないという。

 お茶会を開いて消費して、さらにお土産として配ったり、お茶を用意させておいてやっぱり飲まなかったり、使用人に下賜したりするらしい。


「上級貴族の中でも消費が早いですが、疑問に思うほどではありません。特にお嬢様はワガママにふるまっておいでですから、在庫など気にせず、ほしいものはすぐに購入するとしても不自然ではないでしょう」


 クリスも大丈夫だと言うので、さっそく商人に接触することにした。

 みんなはわざわざ会わなくてもいいと言ってくれたけれど、いざという時にあの姿に怯えて動けないのは困る。


 あの場所を見張っているクリスによれば、毎日あの時間、暗くなるまで商人が立っているらしい。

 頭の中で、女子をどう襲おうか考えながら暗闇に立ってるわけ!?

 こわっ! 怖いよ!



「顧客を失いたくない商人としてならば、気持ちはわからなくもないですが……。商会に呼び出しの連絡がきて、自分から顧客の元へと赴くのが普通です。商会に籍を置いていると偽っているのですから、連絡されては困るのでしょうね」

「それを誤魔化せていると思うあたり、小物ですね」


 クリスの冷静な分析と、エドガルドの辛辣な言葉に、心が落ち着いた。

 そうだ、わたし一人で会うんじゃない。不自然なことがあれば、誰か気付くはずだ。

 怒りや、ようやく自分にも何かできると張り切りすぎた気持ちが、すうっとなめらかになっていく。


「おかげで落ち着きました。いってきます」


 一緒に行くのは、前と同じ顔ぶれにした。

 アーサーとエドガルドとレネと、お嬢様なわたし。


 授業が終わり、あの小道を通ると、跪いている商人が見えた。

 相変わらず鳥肌がぶわわっとたって警戒を告げるが、無視をして話しかける。


「お前。前回と同じものと、珍しいものを用意なさい」

「お気に召していただき、光栄でございます」

「配ったらすぐになくなったのよ。たくさん持ってきてちょうだい」

「かしこまりました」

「商会の者に運ばせても構わなくてよ。家に運ばせて……ううん、やっぱりわたくしが運ぶわ。たくさんの馬車にお土産をつんで帰れば、お父様もお母様も喜ぶわよね」


 いい案だと無邪気に言うと、アーサーが頷いた。


「お土産ももちろんですが、お嬢様のお帰りを一番にお喜びになるでしょう」


 あとはアーサーに任せることにして、少し後ろに引っ込む。

 何しろ全身鳥肌状態だ。あとはお嬢様らしく、つんと澄ましておくことにした。


「お嬢様がご所望だ。明日の朝にでも用意してほしい」

「かしこまりました。本日ご用意しているものだけお渡しいたします」

「先に行っているわ。すぐに持ってきなさい」

「かしこまりました」


 後ろで、お金と商品を交換しているらしき声がする。

 エドガルドが横に、レネがやや前にいてくれる。ゆっくりと女子寮の中へ入ると、レネがこそっと呟いた。


「お疲れ様、アリス。今ならアーサーが商人を引きつけてくれてる。この後は商品を確保しなきゃいけないから、トールに会えると思うよ」

「本当に!?」

「本当ですよ。今、クリスが見張ってくれています。商人が学校から出たら、一緒に行きましょう」


 エドガルドの言葉が、飛び上がりたいほど嬉しい。

 ボディスーツのおかげで飛べないけれど、気分は風船のようだ。嬉しい感情を詰めて、ふわふわと浮いている。


 しばらくしてアーサーとクリスが帰ってきて、商人が学校から出たのをきっちり確認したと報告してくれた。

 エドガルドとレネと一緒に、うきうきとマリナの研究室へ行く。周囲を確認してからノックすると、すぐにトールが出てきてくれた。

 急ぎつつも優雅に中へ入り、鍵を閉める。防音の魔道具を起動してから、トールを抱きしめた。


「姉さま! 無事だったんですね!」

「トールこそ、よく我慢したわね。とっても偉いわ。こんなに顔色が悪くなって、クマができるほど頑張るなんて……」

「機械があるから、僕だって分析できます。城に比べたら古い機械だろうけど、それでも!」

「ありがとう、トール。でもきちんと休まないと、姉さまはトールを心配して、夜に眠れなくなるかも」

「寝ます」

「いい子ね」


 頭をなでて、頬にキスをする。


「もう少しで何かわかりそうなんです。姉さまの役に立ってみせます!」

「トールは、いてくれるだけで姉さまの支えよ」

「姉さまと早く一緒に暮らしたいですから」


 なんていい子なの!

 感極まって抱きしめると、トールも抱き着いてきた。もうわたしより背が高いのに、いつまでも甘えん坊だ。


「本当に、あと少しで掴めそうなんです。姉さまは、いつでも逃げられるように鍛えておいてくださいね」

「いざとなったらヒールを脱いで走るから大丈夫よ」


 トールは微笑んで、頬にキスをしてきた。

 日本の記憶がある身としては、家族同士のスキンシップも少し恥ずかしい。自分からするのは、あんまり恥ずかしくないのに。


「少しでも早くいい報告ができるように頑張りますね」

「きちんと寝てね」

「もちろんです」


 少しの時間だったけど、トールと触れ合えたのは嬉しい。元気満タンだ。


 帰り際、気になっていることを聞いてみた。


「マリナも毎日ここに来ているでしょう? マリナは、一生懸命で可愛いわよね」

「姉さまのほうが可愛いですよ」

「……ありがとう」


 いつものやり取りに見えるけど、生まれたときからトールの姉をしているわたしは見逃さない!

 トールの頬が、少しばかり色づいていたことを!


 これは、もしかして……もしかするんじゃないの!?

 あのトールが! シスコンのトールが!


 うっきうきで帰る途中、レネがぽつりと呟いた。


「肝心な時に、アリスを優先させて怒らせなきゃいいけど……」

「…………大丈夫よ」


 たぶん。

 その時は、さすがにお尻を叩いてでもマリナのところへ行かせよう。




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