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同情と愛情

 ……眠れない。

 寝てしまったら悪夢を見るような気がして、なんとなく眠るのが怖い。

 もう商人のことは吹っ切れたと思っていたのに、近くで会話をしてしまうと、感情がぐちゃぐちゃになる。

 ……主に怒ってるからだけども。

 怒りと安眠はかけ離れたところにある。


 ……それにしても、わたしの人生って少しばかり波乱万丈だな?

 前世では天涯孤独の身で、元夫に財産を使い込まれ浮気をされ、ひねくれたまま死亡。

 なぜか記憶を持ったまま転生した先で男に襲われ、弟はシスコンになり、母はたまに病気が悪化して寝ずの看病をしたり、王の座をかけた陰謀に巻き込まれ、こんなところでワガママご令嬢を演じている。


「……わたしって、ちょっぴりハードな人生を歩んでいるのかも」


 一度死ぬまでに死にかけることはなかったからマシなんだろうけど……いや、今まさに死にかけてるのかも?

 考え出すと止まらなくて、一人でも着られるワンピースに着替え、キッチンへ行くことにした。

 そうっとドアを開けて、ゆっくり閉める。静まり返った談話室は暗い。


「こんな日はあたたかいココアか、砂糖をたっぷり入れたミルクティーが飲みたくなるよね」


 疲れている日は、なおさら。


「その通りです」

「ぎゃっ……きゃあっ!」

「悲鳴を上げる時、余裕があるようになりましたね」

「わたしを脅かすのは、いつもエドガルド様ですから」


 暗闇の中、ぬぼうっとソファに座っていたエドガルドは、疲れている様子を隠せないまま微笑んだ。


「そうかもしれません。僕はいつもアリスを驚かせています」


 下を向くエドガルドの顔には、いろんなマイナスの感情が張り付いている。

 いきなり自分の領地の特産品が毒殺に使われていたと言われて、穏やかにいられるはずがない。ロルフも気丈にふるまっていたけれど、おそらく気にしているはずだ。


 ロルフは、一人で弱みを隠す。だから今晩はきっと、部屋から出てこない。

 エドガルドは、弱っているところをさらけ出せる、素直な性格をしている。だから、わたしが来てもそこまで動じなかった。


「エドガルド様もココアを飲みますか?」

「……そうですね。いただきます」


 キッチンへ行き、ココアを作る。マシュマロをのせて完成だ。

 まだ暗いままの部屋へ戻って、エドガルドへココアを渡す。


「ありがとうございます。……おいしいです」

「よかった。疲れた時は甘いものですよね」

「甘いものはいつでもおいしいです」


 さすがエドガルド、ブレない。

 二人で向かい合って座って、ココアを飲む。両手でカップを持ち、手をあたためながらココアを味わっていたエドガルドは、ぽつぽつと語りだした。


「……バルカ家が厳しいという話は、アリスに話したことがなかったですね」

「少しだけ聞きました」

「聞かないでいてくれたことに、感謝しています」


 エドガルドの長いまつげが下を向いている。


「厳密にいえば、バルカ家が厳しいわけではないのです。……父が、厳しいだけで」

「エドガルド様のお父上ですか?」

「はい。バルカ家が侯爵家になったのは、祖父のおかげです。父は、祖父に憧れていたと聞いています。……でも、父と祖父は違う人間だ」


 カップが割れそうなほど指に力を入れたエドガルドは、様々な感情をココアと共に飲み干した。


「祖父のような人格、働きを期待され、落胆されることを繰り返し……父は、だんだんと変わっていきました。そのうち僕に、祖父と全く同じことをするように強要したのです」

「……そんなことがあったんですね」

「もちろん、祖父は諫めてくれました。ですが、そうすると余計にこじれるばかりで……祖母が亡くなったのを機に、祖父は離れた場所に移りました。それ以来会っていません」


 どう返事をすればいいのか、相槌を打っていいのかすらわからない。

 思ったより重いエドガルドの過去に動揺していると、不意にエドガルドの視線に貫かれた。

 鋭くて、真剣な……男の目だった。


「……アリスは、結婚したくないのですね」


 ぐっと唇を噛みしめる。

 ここが分岐点のような気がした。ここでどう答えるかで、エドガルドとの未来が決まる、そんな気がする。


「……結婚は、したくありません」


 偽りのない気持ちだった。

 いつか、どうしても誰かと結婚したくなる時が来るのかもしれない。けれど今は、そんなことは考えられない。


「……バルカ侯爵家ならば、無理に婚姻しようと思えばできるでしょう。でも……僕と結婚すると、あの家にアリスを縛りつけることになる。みんなこの状況をどうにかしたいのに、好転させようともがけばもがくほど絡まって、悪化していく」


 そのどうしようもない感覚は、わかる気がする。


「アリスならば、何とかしてくれる気がします。でも……これは、僕と父と祖父が解決すべきことです。……それに」


 エドガルドは、弱弱しい笑みのようなものを顔に張り付けた。


「……アリスには、自由でいてほしい」


 口を閉じたエドガルドは、それきり喋ろうとしなかった。

 冷たくなったココアが、カップの中で揺れている。ここでココアを飲むのは違う気がするので、黙ってエドガルドの思案が終わるのを待つ。


 しばらく待っていると寒くなってきて、思わずくしゃみが出てしまったのをきっかけに、エドガルドは思考の海から帰ってきた。


「自分のことでいっぱいで、アリスのことを気遣えないなんて……すみません。ロルフなら気付けたのに」

「寝る前と深夜にいい考えは浮かばないのが持論です。あたたかくして、ゆっくり眠ってください。睡眠不足はマイナス思考の元ですよ」

「……ありがとうございます」


 儚げに微笑んだエドガルドは、どこか頼りない足取りで帰っていった。

 それを見送ってから、カップを片付けて部屋に戻ることにした。


 ……夜遅くに談話室へ来ると、高確率で誰かに会うんだな。なるほどな。



 その晩は、エドガルドのことを考えて眠れなかった。

 エドガルドのことは嫌いじゃない。むしろ好きだけど、恋愛感情かと聞かれると違う気がする。

 ただ一つわかるのは、同情で結婚してもろくなことにならないということだった。



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