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執念はすべてを覆す

「城から連絡が来た。今のところ、怪しい成分などはないそうだ」


 ロアさまからの報告に、部屋にちょっぴり残念な空気が漂った。

 お茶を渡してから二日経っている。調べてくれた人達も一生懸命してくれただろうけれど、ようやくダイソンへの手がかりを掴めたと思ったぶんだけ、落胆が大きい。


「これですぐにダイソンを捕まえられるようならば、我々はこんなに手こずっていません。手がかりには違いないのですから、前進していますよ」

「そうだ。逃げるしか出来なかったあの時から考えれば、いかに進んでいるかわかるはずだ。ダイソンを捕まえるまであと少しだ」


 アーサーとロアさまの言葉で、みんなの気持ちが持ち直す。

 思わず焦ってしまったけど、ダイソンに捕まえられないように地下を逃げていた時と比べれば、随分と好転している。ダイソンは、未だにわたし達がどこにいるかすらわかっていないはずだ。


「次の商品に何かが仕込まれている可能性もある。あの商人に会えとアリスに言うのは酷だが……」

「自分で選んだことですから、ロアさま達は気にしないでください。この間もアーサー様がいてくれたおかげで、思ったより怖くありませんでした。アーサー様が守ってくれると信じていましたから」

「アリス……私を信じてくださって、嬉しいです」


 いつもの、作ったような王子様スマイルではない笑みは珍しい。どこかふんにゃりと、子供のようなあどけなさを漂わせるアーサーの笑顔は、破壊力がすごい。


「くっ……!」


 思わず手で顔をかばうが、アーサーの笑顔はそれを突き抜けてきた。


「ウレシーニに行けて、なんて嬉しいに」

「よかった、いつものアーサー様ですね」


 やっぱりアーサー様はこうでなくっちゃ。今じゃ、一日一回アーサー様のダジャレを聞かないとそわそわするようになってきた。

 アーサー様がダジャレを言わない時は、状況が悪い、あるいはアーサー様の体調が悪いということに気付いてしまった。


 ロアさまが、わざとらしい咳をして話を戻した。


「商人は、いつもあの時刻にいると言っていた。実際、そうしているのを確認している。明日、接触してもらいたい。3人つける」

「ありがとうございます。任せてください」


 防犯の魔道具をたくさん持っていって、いざとなったら返り討ちにしてやる。



 翌日、前と同じ時間にあの小道へ行くと、商人が立っていた。

 ……うん、大丈夫。今日は震えていない。怖くもない。信頼している人が守ってくれると、信じている。


 一緒に来ていたアーサーが前に出て、わたしの視界から商人を消してくれた。


「お嬢様が商品をお望みだ」

「誠にありがとうございます。以前お渡しした品と、我が商会自慢の品もいくつかお持ちいたしました」

「茶か?」

「さようでございます。バルカ領とオルドラ領で採れた、厳選したハーブを使用したハーブティーもございます。女性に人気の、美容に効くものも数種ご用意させていただきました」

「いただこう」


 エドガルドとレネが前に出て、商品を受け取る。

 商人の視線がわたしに向いたのを感じて、扇をばさっと広げて少し前に出た。


「お前、次もここにいるのでしょうね」

「もちろんでございます」


 うやうやしく頭を下げた商人に返事はせず、そのまま踵を返す。

 後ろにエドガルドとレネがついてくる気配を感じる。アーサーはしんがりに残って、商人を警戒してくれているのだろう。

 あのクズに背中を見せるのは抵抗があったが、今は大丈夫だ。


 気付かないうちに足早になるのを、意識してゆっくりと歩く。クリスがくれたボディスーツのおかげで、お嬢様らしく歩けているのが本当にありがたい。


 女子寮へ入る前に、商品に盗聴器や発信機がないか念入りに確認してから部屋に戻る。

 落ち着きなくソファに座っていたロアさまが立ち上がった。


「よくやってくれた。何もなかったか?」

「はい。発信機などもないようです」

「開ける時も慎重に見よう。そういうものは、わかりやすく置いていないはずだ」

「もう一度、みなで確認しましょう」

「アリス、辛いのに行ってくれて感謝する。気持ちが悪いなど、異変はないだろうか?」

「大丈夫ですよ。3人も一緒に行ってくれたので、とても心強かったです。ありがとうございます」

「騎士は守るのが仕事だ。アリスを守れて本望だろう」


 綺麗な箱に入っていたのは、色んな種類のお茶と、それらを使ったお菓子だった。

 エドガルドとロルフの顔は青ざめるほど真剣だ。


「……先ほど、商人が言っていました。ロルフと僕の領地で採れたハーブを使用していると」

「ハーブや茶葉は、エドガルドとロルフの領地の特産品だったな。心配になるのも無理はない」


 ロアさまは、エドガルドとロルフの肩に力強く手を置いた。


「事前に知れてよかった。これで先手が打てる」

「……そうですね。何も知らないまま、いきなり毒殺に使われていたと言われるより、随分といいです。俺の領地を巻き込んだことを後悔させてやりますよ」


 手をボキボキ言わせているロルフからは、いつもの華やかな笑みが消えている。狼のように鋭い視線に、エドガルドも頷いた。


「絶対に許さない。解析で何か出ればいいのですが……」

「そうだ、たくさんあるので、少しマリナとトールにわけてもいいですか? マリナの研究所には、以前なにかの研究をしていた先生が残していった機械などがあるそうです。ロアさまは、それでも分析できると以前言っていましたよね?」

「城にあるものよりは劣ると思うが……そうだな。少しわけてみよう。トールの執念が、何か見つける可能性がある」


 そのあとトールにこっそり商品を渡してくれたクリスは、帰ってきてからどこか感慨を込めてつぶやいた。


「手がかりを見つけるとすれば、おそらくトール様でしょうね……」




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