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それは戦争

 全員が集まったあと、商人から渡された小箱を開けることにした。

 念のためロアさまとわたしは少し下がっているように言われ、二歩ほど下がる。エドガルドが慎重にパステルグリーンのリボンをほどき、箱を開ける。

 中には、可愛らしくラッピングされた小さな袋が三つ入っていた。


「……茶葉のようですね」


 エドガルドの手によって開けられた小袋の中には、おそらく紅茶が入っていた。茶葉というより、ティーバッグに近い。

 粉にされた茶色いそれには、いろいろとブレンドされているのだろう。ところどころ、白や黒色のものが入っている。


「城へ回す。サンプルが三つだけなのは心もとないが、今までで一番の手がかりだ。箱ごと持っていくので、茶葉を中に入れておいてくれ」


 ロアさまは、早足で自室へと向かった。お兄さんと連絡を取るんだろう。

 ……ロアさまのお兄さんってことは、陛下だよね。陛下に連絡すれば、一番早く城へ届けられるのは間違いない。

 今まで、言葉を交わすどころか、建国祭のパーティで遠くから見たことしかない陛下に連絡を取っているのかもしれないと思うと、ちょっとそわそわする。


「この成果はアリスのおかげです。しかし、あまり無茶はしないでください。震えていたと聞いています」


 エドガルドが心配そうに声をかけてきたので、大丈夫だと微笑む。


「確かに、恐ろしかったです。人にひどいことをしているのに、そんなことはしていないとばかりに堂々と歩いて声をかけてくる精神がわからなかったから。でも今は、とっても怒っています。本当に怒っているんです。だから、大丈夫ですよ」

「恐れを怒りにできるなんて……アリスは本当に強いですね」


 そんなことはない。

 でも、怒り狂って商人の商人をもぎ取ると言っている令嬢がそんなことを言っても、笑い話にしかならない。

 エドガルドがやけに羨望の目で見てくるのは、居心地が悪い。


「アリスが次に商人と会えるようにしたのはお手柄だよ。でも、辛いなら無理しないでよ。ボクたちだって、頼られたいんだからさ」

「レネ様のおっしゃる通りです。お嬢様が変身の魔道具をつけてティアンネになる前は、私がティアンネになっていたのです。いつでもティアンネになりますので、ご安心ください」

「ありがとうございます、レネ様、クリス。でも、この試練を乗り越えたいんです。いつか店を出す時に、商人と似た顔の人間が来ても、顔が整った男性が来ても大丈夫なように、自信をつけたいから」


 みんなは、何とも言えない顔をした。


「アリスは、自分のお店を出したいんだよね。まだその夢は変わっていない?」

「はい! そのために、お店で一緒に頑張ってくれる下ごしらえくんと調理器くんを、ご褒美としていただきたいんです」

「……そうなんだね」


 エドガルドとロルフが、特に微妙な顔をしている。

 どうしてか考えて、ハッとした。

 貴族女性が店を出すなんてありえないことだ。しかも、結婚した後なら、なおさら。

 これって、遠まわしにエドガルドとロルフを振ってることになるのかな!?


「ええーと……その」


 言葉を探して、視線を泳がせる。

 焦るばかりで、全然いい言葉が思いつかない。


「お二人のことは、真剣に考えていますので!」


 商人が出没した騒ぎと、ロアさまが王弟殿下だったインパクトでいっぱいいっぱいだけども!

 考えていないわけじゃない! なんなら、転生してから一番悩んでいる!


「ありがとうございます。商人のことが落ち着いたら、アリスの心に住まわせてもらえるように頑張りますね」


 侍従の仕事を優先する、真面目なエドガルドらしい台詞だ。


「アリスの気持ちが落ち着いたら、また俺たちでいっぱいにするから。覚悟しておいてよ?」


 ロルフのウインクは、いつも綺麗だ。チャラチャラしてそうに見えて、誰より律儀で、エドガルドが大好きなロルフのことだ。

 きっとまた、エドガルドが何かリアクションをしてから、自分も行動を起こすのだろう。


「わかりました。迎え撃ちます」

「迎え撃たないで、受け入れてくれ」

「あっ、そうですね……! すみません、わたしにとって色恋沙汰は戦争のようなものなので、つい……」


 ツッコミをいれたロルフが、笑いをこらえようとして吹き出す。何かのツボに入ったようだ。 

 こんなに笑うロルフは珍しい。


「誤解のないように言っておきますが、誰が相手でも店を出したい気持ちは変わりません。本当です」

「アリスの気持ちを疑ったことはありませんよ」


 笑ってすぐには話せないロルフの代わりに、エドガルドが答える。


「それにしても……口説くと宣言したご令嬢に、迎え撃つと言われるなんて」


 エドガルドも珍しく、くすくすと笑う。ロルフとツボは同じようだ。


「あの……自分でもご令嬢らしくない受け答えだったと思っているので……」


 さすがにこんなに笑われると恥ずかしい。


「では、私もひとつダジャレを披露しましょうか」

「なんで!?」


 アーサーのボケにすかさずレネがツッコミを入れる。

 部屋が笑いに包まれてようやく、みんながわたしのために空気を軽くしてくれたのだと気が付いた。

 ここでお礼を言うのは野暮だろう。せめて夕食は、みんなが好きなものを出そう。

 大きなホールケーキに、お肉に揚げ物。クリスに怒られそうだけど、今日は許してくれそうな気がした。




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