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カレーの真実

「私たちが確認した限りでは、服従の首輪をしている者はいなかった。だが、スカーフなどを巻いている者もいるし、首以外のところにつけている可能性もある。キャロラインに、最近の学校に不審な動きをしている者がいないか、聞いてほしい」


 あれからロアさま達は、休日とそれからの数日を費やして、生徒や先生方を確認した。すぐに敵だとわかる人はいなかったというけれど、安心するにはまだ早い。

 もちろんと頷いて、クリスに気合いを入れたヘアメイクをしてもらった。


「大変お綺麗です。立ち振る舞いも自然になってまいりましたね」

「クリスがボディスーツを貸してくれたおかげです。ありがとうございます」

「お嬢様の努力のおかげですよ」


 覚えた立ち振る舞いは少ないけれど、たくさん練習したので、少しは貴族令嬢っぽくなっていると思いたい。

 今日はレネだけがついてきてくれて、授業へと向かう。教室にキャロラインがいるのを確認して声をかける。


「おはよう、キャロライン。授業の後に少しお話したいのだけど、いいかしら」

「あらティアンネ様、おはよう。それなら、私のお部屋でどう?」

「嬉しいけれど、急じゃなくて?」

「いいのよ、私の侍従に褒美が必要だもの」

「いつもおいしいお菓子を食べるだけなのだけど」

「それがいいんですって」


 綺麗で食べ方がよくわからないお菓子も自分で食べられるようになったし、行くのは別に構わない。

 なによりお菓子がおいしい。


「それなら、行かせていただくわ。よろしくね」

「ええ、たくさん食べてちょうだい」


 キャロラインと時折おしゃべりしながら授業を受け、終わるとそのままお茶会をすることにした。

 一緒に行くのは、クリスとロアさまだ。お嬢様らしく歩きながら、時間をかけてキャロラインの部屋へたどり着く。


 結婚式に出てきそうな、華やかで可愛いお菓子が出てくる。薔薇の形をしたケーキなどがあって、とても可愛い。

 お菓子を楽しみながらしばらく雑談してから、本題を切り出すことにした。


「キャロライン、聞きたいことがあるのだけれど」


 キャロラインがぴくりと動いた途端、侍女をひとり残して、他の使用人が下がっていく。

 ロアさまとクリスのどちらかも下がるべき場面かもしれないけど、わたしには判断できない。

 キャロラインの使用人たちが下がっている間に待ってみたけれど、ロアさま達は動かないので、そのまま話すことにした。


「最近、学校に出入りするようになった人物がいないか探しているの。前から学校にいて、怪しい動きをするようになった者でも構わない。何か知らないかしら」

「うーん、そうね……商人が一人、紛れ込んでいるわ。あれはどこかの間者ね。この学校には、色んな目的を持った人が頻繁に来るから、目的までは知らないけれど」


 ……あのクズだ。

 表情に出さないようにしていたのに、キャロラインには伝わってしまったようだ。キャロラインは優しい声色で、わたしを安心させるように言った。


「よくあるのは、結婚前の婚約者の素行調査ね。女生徒に声をかけることが多いから、貴族令嬢と結婚しようとしているのかもしれないわ」

「……女生徒に声をかけるのなら、近付かないほうがいいわね」

「ええ。異性にしか声をかけない人間は、信用しないことにしているの」

「そうね! そうしたほうがいいわ!」


 つい声が大きくなってしまったことをごまかすようにお茶を飲んでみたけれど、あまりごまかせなかった。


「最近出入りするようになって怪しいのは、その一人かしら。学校では特に変わったことはないようだけれど……大きな動きがあったり、ある程度権力を持った貴族の動向しかわからないわ」

「十分よ。いつもありがとう、キャロライン」

「また何かあれば教えるわね」


 キャロラインはいつも自分の部屋のお茶会に招いてお菓子をふるまって、情報を教えてくれる。

 友情は嬉しいけれど、与えてもらうばかりの関係はよろしくない。


「お礼に、カリーのレシピを教えようと思うのだけど」

「カリー!? カリーって、あの……!?」


 おお、思ったより食いつきがすごい。

 みんなカレーのことを話すと、ざわ……ざわ……とする。珍しいのだろうと思い、ロアさまにキャロラインへのお礼にカリーをふるまうことを提案したら、それならばレシピを教えたほうがいいと言われた。


「ティアンネ様、あなた……そういえば、ティアンネ様はお名前からしてそっちに近いご出身よね。いいえ、探るわけではないわ!」

「そうね、あまり探らないでもらえると嬉しいわ。この国では、カリーはどんな扱いなのかしら?」

「ああそうね、ティアンネ様はご存じないのも仕方がないわ」


 この国出身のわたしも知らないんだけど、顔には出さず、すまし顔をする。


「昔、カリーを食べる国と我が国で、貿易をすることになったの。あちらの国へ招かれて、食事をふるまわれたそうよ。その中に……カリーがあったのよ」


 怪談のように話し出すキャロラインに、部屋の緊張感が高まっていく。

 これ、怖い話のカテゴリーなの? 


「それは戸惑ったと聞いているわ……だって、出てきたのが……」


 言葉を濁したキャロラインに、大きく頷いてみせる。なにせカレーの見た目はあまりよくない。

 日本では綺麗に飾りつけされたカレーも珍しくはなかったけれど、この言い方からすると、茶色いドロドロしたカレーを出されたに違いない。


「最初は、侮辱されたと思ったらしいの。でも、周囲を見れば、みんな食べている。混乱の極み。食べたくない。けれど食べなければ国交が台無しになるかもしれない。最悪、戦争だわ。それに比べれば、おぞましいものを食べるくらい……と、みなが決意を固める前に、一人が意を決して、カリーを食べたのですって」

「まぁ……!」


 語り口が完全にホラーだ。思わずノリで驚いてしまった。


「表面上はにこやかに一口食べたあと……彼は、その後、カリーを食べ続けたのよ!」


 きゃああ、と悲鳴を上げるべき場面のようだった。

 さすがにそこまでは出来ないので、息を呑んでみせ、続きを促す。


「……彼は狂ったようにカリーを食べ続け……そのまま、その国に移住してしまったそうよ」

「えっ、そのまま?」

「ええ。カリーの見た目と彼の奇行は、わが国で語られ……誰もカリーを食べようとしないのよ」


 待って、そんなもののレシピを渡そうとしていたの!? 嫌がらせじゃない!?

 ロアさまは、おいしいから大丈夫だって言っていたけど!


「……わたくしが知っているレシピのカリーと、そのカリーは違うかもしれないわね」

「それでもいいわ、一度食べてみたかったのよ! ありがとうティアンネ様!」

「キャロラインがいいのなら……いいのよ」


 そう言うしかなかったわたしを、キャロラインの侍女は責めてもいいはずなのに、顔色ひとつ変えなかった。


「カリーを食べる時は、わたくしも同席するわ。せめて、それくらいはさせてちょうだい」

「楽しみにしているわ!」




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