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あなたの正体

 シーロが無事だと知って心が浮き立ち、なかなか眠れなかった。


 明日は学校がお休みで、シーロが無事だとわかってお祝いしたから、その興奮がまだ残っている。

 みんなが気を遣って、シーロは実はこんな性格だった、こんなエピソードがあったと話を振ってくれるものだから、早めに抜け出したのに。

 わたしが寝るタイミングでみんなは侍従の部屋に移動したけど、まだお酒を飲んでいるのかもしれない。


「お茶でも飲んでこようかな」


 自室を出ると、もう暗かった。

 防音のおかげか、もうお開きにしたのか、まったく声が聞こえない。

 静寂の中でお茶を用意して、ソファに座った。久しぶりに、何も考えないぼーっとした時間を味わう。

 大きな窓からわずかに漏れてくる月明かりが、暗闇に慣れた目に優しい。


「……アリスか?」

「ロアさま?」


 ドアの一つが開き、出てきたのはロアさまだった。薄闇の中で、銀色の髪が輝いている。


「もう宴会は終わったんですか?」

「いや、まだ続いている。少し一人になろうと思って出てきた」

「では、わたしは自室へ戻りますね。おやすみなさい」

「……ここにいてくれないか?」


 なんだか、ロアさまが耳がたれた犬のように見える。


「わかりました。お茶でも用意しましょうか」


 調理器くんに、酔いに効くというお茶を淹れてもらってから戻る。

 ロアさまは、ソファに腰かけて、ぼうっと窓を見ていた。


「ワンコ様が無事で、本当によかったですね」

「ああ。生きていると信じていたが……無事だと聞くと、安心してしまった。シーロを信じ切れていない、軟弱な主だと叱られるな」

「信じていても、心配なものは心配ですよ」


 ロアさまの横に座って、お茶を飲む。

 このお茶は、ダイエットにもいいらしい。キッチンメイドの仕事をしなくなってから肉付きがよくなってしまった。

 気休めかもしれないけど、積極的に飲んでいこう。


 二人でお茶を飲んで、明かりもつけない暗闇の中で、静寂を楽しむ。

 一日の最後にロアさまと一緒にいると、やっぱりほっとする。学校に来てから、一緒にいる時間が減ってしまったから、余計にそう思う。


「……私は、一日の最後にアリスと話すことを、楽しみにしていたんだな」

「わたしもです。ちょうどそのことを考えていました」


 そしてまた静寂。

 お茶を飲むたびに、ロアさまの喉仏が動く。


「……アリスは、独特な思考をしているな。それぞれの悩みや生まれ、育ちなどを、何でもないことのように言って、吹き飛ばしてしまう。それが心に残るのだろう」

「独特な思考って……」


 そんな考えなんかしていたっけ? と思って、ハッとした。

 もしかして、前世の記憶を持っているから?


 前世では価値観や常識が違った。ネットやテレビなどで、手軽にいろんな情報を知ることができた。

 女装男子も普通だったし、アーサーみたいにダジャレが好きな人がたくさんいることも知っていた。

 甘いものを好む男性がたくさんいることも当たり前だった。パティシエやシェフは男の人が多かった。

 この考え方の違いが、みんなには新鮮だったってこと?


「わたし以外にも、そんな人はたくさんいますよ。まだ出会っていないか、そういう思考を持っていると知らないだけだと思います」


 前世の記憶を持っているわたしがいるんだから、ほかにも転生者がいたっておかしくない。


「出会って、考えを聞いたことが重要なんだ。出会っていない人を、どうやって探す? 出会えるかもわからないのに」


 ……確かにそうだ。

 その言葉は、間違っていなかった。


「考えを聞いたことがないだけだと言うが、本音ではなく取り繕った言葉しか言わないのなら、その思想は存在していないことと同義だ」 


 社交界にいくら独特な考えを持つ女性がうじゃうじゃいても、それを隠し通すつもりなら、存在しないのと同じだとロアさまは言いきった。


「なるほど……」


 みんな、わたしを物珍しいと思っているのか。

 エドガルドは家を出て第四騎士団に来たと言っていた。その前に他のところへ行っていたなら、告白はなかっただろうな。


「エドガルドとロルフが、シーロの無事を喜んでは、合間にアリスのことで後悔しているんだ」

「後悔ですか?」

「あの商人の悪事を、できるだけ調べた結果が送られてきた。レディに対し、随分と酷いことをしてきたようだ」


 わたしを襲った時も、やたら慣れてた印象を受けた。行動に無駄がなくて、何回も同じことをしているような。


「それを知り、アリスが異性を苦手なことに納得し、不用意に近付いてしまったことを悔やんでいた。アリスの傷が広がっていないか心配していたよ」


 ……ロアさまは、告白のことを知っているんだろうか。

 いや、きっと知ってる。第四騎士団でだって、自分がいない時のことを知っていた。

 ロアさまがそれをどう思っているか、知りたいけど知りたくない。


「それは大丈夫です。未遂でしたし、もう吹っ切れましたから」

「あの商人を捕まえ、ダイソンとのつながりを吐き出させ、今までしたことの罪を償わせなければいけない。アリスが個人的に復讐したいのなら、申し訳ないのだが……」

「そんなことは思っていませんよ。捕まえる時に、ちょっと怪我が増えても仕方ないとは思いますけど」


 わざとタックルして地面で顔面を擦るとか、ちょっと股間を狙うとか、傷を増やすとかね。


「……私は」


 一度言葉をきり、ロアさまは両手でカップを包んだ。


「エドガルドとロルフが、アリスを諦めたほうがいいのかと話すのを聞いて、外に出てきてしまった。もしわたしが選ばれた時、または片方が選ばれた時、あるいは誰も想いが報われなかった時……二人の忠誠がどうなるか知る、いい機会だとも思っている。貴族の考えが染み込んでしまっている私には、恋愛というものは向いていないのだろう」

「ロアさま……」

「恋も愛も、わかったふりをしているだけなのかもしれない。わかるのは、兄上から与えられる兄弟愛と、側近から向けられる敬愛かもしれない感情だけ。私は……父に愛されなかった。母には愛されていたとは、思う。だが父が母に望んだのは、親ではなく女でいることだ。母にとって、私は何番目だったのだろうな」


 そんなことはないと言いたいけど、家庭の事情を知らないのに踏み込むのもよくない。


「……少し、酔いが回ったようだ」


 痛みを隠して苦笑するロアさまは、脚を組みなおした。

 窓から淡い月光が照らし、逆光になってロアさまの顔が見えなくなる。きらめく銀髪。無造作にかきあげられた前髪。


 ……見たことが、ある。

 この外見と、このポーズには、見覚えがある。


 ちょうどこんな暗さだった。光で顔が見えなくて、綺麗な銀色の髪がきらめいて、低い声には優しさが込められていた。

 建国祭で一度だけ出たパーティのバルコニーで、映画のワンシーンのような光景を、確かに見たのだ。


 ……ロアさまって、王弟殿下?



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