朗報
マリナとトールを部屋へ送り届けたあと、わたしたちは寮へ帰った。クリスが素早くお茶と軽食を用意してくれ、みんなでソファに座る。
「服従の首輪か。アーサー、レネ、よくやってくれた。これでダイソンの手がかりが掴めた」
今までダイソンの目的や弱みなどを探っているのに、あまりにも何も出てこなかった。ダイソンは学校には手を伸ばしていないようだと結論が出ていたので、大きな進展だ。
「これだけ令息と令嬢がいる場所なのですから、何かあると思っていましたが……まさか、これから手を付けるところだったとは」
紅茶を飲んだエドガルドが憂い顔をする。
それぞれ考えをまとめる沈黙のなか、レネが固い声を出した。
「……もしかして、逆なんじゃない?」
「逆とは?」
「今のダイソンに、他に手を出す余裕があるとは思えない。監視されて行動を制限していたあいつが、疑わしい動きをして隙を作る? あいつの目的は、元から一つだよ」
全員の視線が、ロアさまに集まった。
「王城内にはいないと知り、隠れそうなところを探して、学校に目を付けた。学校にいると確信しているのか、他にも捜索している場所があるのかもわからない。はっきりしていることは一つ。学校はもう安全じゃないってことだけだよ」
しん、と沈黙がおりた。
学校に手がかりがないことをあれだけ残念に思っていたのに、いざ危険となれば少し怖く思ってしまう。
沈んだ空気を吹き飛ばすように、ロルフが明るく言った。
「これでわかったこともある。ダイソンが学校に手を出していないのなら、生徒たちは無関係ってことです。ダイソンの仲間ならば、手駒になる子供がいれば利用するでしょう。つまり、学校に子供がいる貴族は、ダイソンの味方ではない可能性が高い」
「ロルフの言う通りです。推測していたように、ダイソンは自分のまわりを同年齢の者で固めているのでしょう」
アーサーも明るい。
ムードメーカーの二人が盛り上げてくれたおかげで、みんなの表情が明るくなった。
「これは兄上に相談し、服従の首輪から出る毒を中和する薬を送ってもらおう。ほぼ完成していると聞いている。シーロが預けた服従の首輪のおかげだ」
弾かれたように顔を上げたアーサーの瞳に、希望が混じる。
「では、シーロは……」
「ああ。無事だ」
わっと歓声が上がる。
よかった、本当によかった……!
わたしの前では口に出さないだけで、みんなすごく心配していた。アーサーは「我々がラーメンを食べていたと知れば、きっと悔しがるでしょうね」と言いながら落ち込んでいた。
付き合いが長いと聞いたから、きっとすごく心配だっただろう。
「服従の首輪は、つけた者の居場所がわかるようになっているようだ。シーロは次々と来る追っ手を倒し、これ以上誰も来ないと判断してから兄上へ指示を仰いだ。位置を知らせる機能を壊すのにも時間が必要だったと聞いている」
服従の首輪がどこにあるかわかるのなら、そこが奇襲されるかもしれない。毒を研究しているってこともバレるから、GPS機能を壊すことは必須だっただろう。
「命に別状はないが、衰弱していたシーロはずっと眠り続けていた。昨夜起きて、異常がなかったから報告がきたんだ」
ロアさまは「シーロなら大丈夫だと思っていた」と、ほがらかに笑った。
「徹夜でも短い睡眠でも大丈夫だと豪語するくせに、危機が去ったら眠り続けるんですから。まったく、成長しても変わっていませんね。後でシーロに、ラーメンとフライドチキンを食べたと自慢しましょう」
今までで一番の笑顔で、アーサーが何度も頷いた。
「また血涙が出るのでは?」
「休日にアリスのところに来れないの、すごく悔しがってたしね」
「そろそろ血尿も出そうです」
それぞれ好き勝手に言っているのに、シーロへの確かな愛情が詰まっている。
「ワンコ様用に、魚介のつけ麺を練習しておきますね。チャーシューと煮卵も作らないと! ワンコ様のお好きな味でしょうから、おいしいものを作らないといけませんね」
「つけ麵? ラーメンのようなものか?」
「はい。ワンコ様に一番に食べてほしいです!」
立ち上がって時計を見ると、もう夕食の時間だった。
「ロアさまがお兄様に連絡している間に、ラーメン餃子チャーハンセット作っちゃいますね」
うきうきとキッチンへ行き、クリスと一緒に夕食を作る。
「本当によかったですね。ワンコ様なら大丈夫だって皆さん言いましたけど、わたしはワンコ様がどれほど強いか知らなかったので、心配でした」
「シーロ様はお強いですよ。今回のような場合は、一番最適でしょうね」
いつも笑顔の、可愛い系の顔をしているシーロがサバイバルしているのは、すぐに思い浮かばない。
「シーロ様は敵を嗅ぎ分けるのに優れているので、奇襲がすぐにわかるんです。子息なら入ることすらためらう茂みや穴の中でも、平気で隠れます。短い睡眠でも動きが鈍りません」
「そのぶん、休めるようになったら寝て回復するんですね」
「ええ。以前一週間ほど眠り続けたことがありましたが、こちらの心配など知らず、元気に起きてお腹が減ったと騒いでおいででしたよ」
クリスもいつもより優しい表情をしている。
「これでダイソンの仲間も随分と減ったでしょう。シーロ様は、本当にすごいことをいたしました」