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茂みでピクニック

「では、マリナ嬢はできるだけトールと行動してほしい。研究室から一人で帰る日は、休日前と決めてしよう」


 商人がマリナに声をかけるのならば、周囲に人が少なく、マリナが一人の時だろう。そして、明るいよりは暗いほうが来る確率が高いはず。

 基本的にはトールが女子寮まで送るが、休日前だけはマリナ一人に帰ってもらう。そして、みんなでひっそりと護衛する。


 わたし一人だけすることがないけど、何もしないことが一番の手助けだ。

 隣にぴったりとくっついて座っているトールは、腫れぼったい目で笑った。


「姉さまがいるから、みんながこうして協力できたんですよ。騎士様と一緒にいる姉さまが、マリナと仲良くなったからです。ボクがマリナの研究室にいたのも、姉さまに贈るものを開発していたからですよ。姉さま、ありがとうございます」

「そんな……わたしは、何も」


 本当に何もしていない。

 せめてマリナがあの恐怖を体験しないように、わたしが身代わりになることを提案したが、すごい勢いで却下された。

 特にマリナの反対がすごかった。


「絶対にティアンネ様にはさせません! 絶対にだ! 怖い思いをしたのに、もう一度なんて!」

「それくらいなら僕が姉さまになります!」

「ごめんなさい姉さまが悪かったわ」

「おらよりティアンネ様のほうが背が高いし、おらの喋り方は誰にも真似できないだす! 元から狙われているのはおらなんだから、お任せください!」


 確かに、マリナの訛りはなかなか真似できそうにない。

 マリナも気を張っていると「わたくしにはわかりません」とか言えるらしいけど、イントネーションが違うそうだ。

 関西の人が敬語で話してても、イントネーションですぐに関西弁だってわかる、あの感じに似てる。

 あと、語尾が「だす」だしね。


「何かあったら絶対に助けるから。防犯の魔道具を常に握りしめておいてね」

「はい!」


 変身の魔道具も、貴重なものなので予備があるわけでもない。

 変身の魔道具は、登録しておいた姿になるものだ。マリナの姿を登録すると、解除にも手間と時間がかかるらしい。


 もっとお手軽に変装するのなら、目の色を変える目薬だとか、そういうのもある。

 それで何とかならないのが、わたしとマリナの顔面レベルの差だ。

 いくらハイライトを塗りたくったって、鼻の高さや形が変わるわけじゃないという、残酷な現実を突きつけられただけだった。


「商人はまだマリナに目を付けただけで、これから本格的に探ると思われる。明後日は休日だから、動くならその時だ。各自、警戒を怠らないように」

 ロアさまの声に、みんなで頷く。




 そして、二日後。

 マリナが一人で女子寮へ帰る途中に、あの商人がやってきた。声をかけるならおそらくここだろう、という本命の場所だった。


 思惑通りではあるけど、さすがに早い。いくら後任だと言い張っても、正式な書面を持って学校に来ていても、不安なんだろう。

 書面は十中八九は偽造だとロアさまは言っていた。あいつを疑い、書面を鑑定に出し、商会に問い合わせれば、すぐにバレる嘘だろうとも。


「大丈夫ですか?」


 アーサーが小さく問いかけてくる。

 万が一見られてもいいように、ピクニックを装っている。夕方に茂みの中でピクニックだけど、これはピクニックなのだ。

 敷物へ座りなおし、頷いた。


「アリスにあいつの姿を確認してもらい、本人に間違いないと言っていただきました。後は部屋にいて構いませんよ」

「……いいえ。今から動けば、わたしの護衛でそれだけ人が減ります」

「でも、震えています」

「これは、怒りです。あの商人……いえ、そう呼ぶと、ほかの商人に失礼ですね。あのクズを見ると、恐怖に怯えるのではないかと心配していましたが、杞憂でした。絶対に捕まえます」

「ええ。その意気です」


 そして、ぎったんぎったんにして、ぎゃふんと言わせてやるのだ!

 不意にアーサーが目を細め、体に緊張を巡らせた。


「……レネ。首元を見てください」

「えっ……あれって」

「どうかしましたか?」


 マリナとクズは遠くにいるので、会話は聞こえない。様子を見る限り、不自然にマリナに近付いている様子もなかった。


「行ってきます。アリスはここから動かないで」


 小ささとすばしっこさを活かし、レネはあっという間に走っていってしまった。そして、10秒後にクズが倒れた。


「……もしかして、レネ様が何かしたんですか?」

「ええ。行きましょう。あれに近付くのが嫌なら、ここで待っていましょうか」

「行きます」


 茂みから出て、昏倒しているクズへ近付く。レネはクズの服を脱がしていた。


「見て、これ。……服従の首輪だよ」


 クズの首には、3センチほどのチョーカーのようなものがあった。黒い金属で出来ているらしく、わずかな明かりを反射している。


「これが、服従の首輪……?」

「うん。たぶん改造してあるやつ。アリスは触らないでね」

「無理に取ろうとすれば、死ぬでしょうね。主に報告して、指示を仰ぎましょう。私が医務室に運ぶので、レネはアリスと一緒に、ほかの騎士たちに報告に行ってください」

「はい」

「後ろから何かが飛んできて不幸にもこれの頭にあたり、気絶した。マリナ嬢は驚きつつ、学校へ行って助けを求めた。いいですね?」

「へい!」


 マリナは勢いよく頷き、クズを持ち上げようとした。


「私が運びます。マリナ嬢は寮へお戻りください」

「でも……」

「危険な役をお任せしてしまっているのです。今日はどうぞ、ゆっくりお休みください」

「……へえ」


 心配そうなマリナを見送ったあと、わたしはレネと一緒に、ロアさまとエドガルドがいるところへ行くことにした。


「……実は、少し怖かったんです。レネ様が、あいつに何かぶつけて気絶させたんですよね? スカッとしました。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 優しく微笑んだレネ様は、すぐに唇をとがらせた。


「これは、貧乏くじじゃなくて役得だよなぁ」

「レネ様ってたまによくわからないことを言いますよね」

「たまにひとり言を言うくらいいいでしょ? アリスが怖くならないよう、あいつを叩きのめして二度と出てこられないようにしてやるからね。ボクたちがいる限り、あいつにはアリスに指一本ふれさせやしないから!」

「はい。頼りにしています」


 本当に、心からそう思えた。



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