星空を君と
驚くほど寝起きのいい朝だった。
キッチンメイドの頃からの習慣で、学校へ来てからも早朝に起きてしまう。顔を洗って身支度を整えて、以前より濃いめのお化粧をする。
髪はあとでクリスに整えてもらうので、一つにくくるだけの簡単なものだ。誰もいない部屋を通り抜けてキッチンへ行き、エプロンをする。
メインはハムステーキ。騎士さまたちは、朝からがっつりお肉を食べるのだ。いろんな味を楽しめるように、マスタードやマヨネーズ、ステーキソースを用意する。
それから、しっかり火が通ったオムレツ。わたしのは半熟だ。
甘いかぼちゃのポタージュ。パプリカときゅうりのピクルス。豆と彩り野菜の、ちょっぴりスパイシーなサラダ。
「わたしからすれば豪華な朝ごはんだけど、貴族からすれば品数が少ないんだろうな」
タイマーで調理器くんに任せていた、どっしり重いパンとクロワッサンが焼きあがる。
それらを持ってキッチンから出ると、ちょうどロアさまが起きてきたところだった。朝からきりっとした顔をしているけど、ちょっぴり髪が跳ねている。
「おはよう、アリス」
「おっはよう、ございます……」
声がひっくり返って、うきうきで挨拶した人みたいになってしまった。
ロアさまが、くすりと笑う。
「手伝おう」
「ありがとうございます。キッチンにご飯があるので、持ってきてもらってもいいですか?」
作ったご飯を並べ、何種類ものジャムやバターを持ってくると、朝食の始まりだ。
ふたりでゆっくり話をしながら、朝ご飯を食べる。ロアさまの分はわたしの三倍くらいの量があるけど、食べるのが速いので、食べ終わるのは同じくらいだった。
前は、細い体でよく食べると思っていたけれど、今は納得だ。前よりも体が一回りも大きくなって、筋肉もある。
今日の予定を確認して、食後の紅茶を飲んだ。
「ロアさま、今日は早起きですね」
「ああ。昨日はいいことがあったから、すぐ目覚めてしまった」
「んっぐふ」
紅茶が気管に入るところだった。
「正直に言うと、アリスには嫌がられると思っていた」
「……夢じゃなかったんですね……」
ロアさまに抱きしめられてからの記憶がすっぽり抜けて、気付けば朝になっていた。だから、半分くらい夢だと思っていた。
珍しく片肘をついたロアさまが、手に頬をのせて、小首をかしげる。
「私は、自分の幸せを模索していいんだろう? そう言ってくれたのはアリスだ」
「ほかにも言ってくれる人はたくさんいると思いますよ」
「いない」
言いきる言葉は力強く、悲壮感はなかった。
「この国のために、私は私を最大限使う。私についてきてくれる者たちも、それを望んでいる。それが私の人生だ」
「人生って……」
「兄上でさえ、いざとなれば私よりも国を選ぶ。兄上が誰よりも、国に身をささげている立場だからだ」
……それって。ロアさまの兄って、もしかして。
「国益よりも、私利私欲を満たすことを優先することはできない。だが……アリスは、私の幸福を考えてもいいと言ってくれた。第四騎士団にいる時と、昨日と、二度も」
見つめられて言葉につまる。
私がすごくいい人のように言われているけど、そんなことはない。
「それは、わたしがロアさまの立場を知らないから言えただけです。絶対に、ロアさまの幸せを願う人は、わたし以外にもいます。絶対ですよ!」
「そうか」
信じていないロアさまをじっとりと見る。
「ロアさまの幸せって、どういうものですか?」
「そうだな……よりよい治世が長く続くよう、微力ながら兄上を助けたい。そのためにダイソンの罪を暴き、王位簒奪など考える者がいないようにしなければならない。私は騎士を目指しているが……実は、羊飼いをしてみたいんだ」
ちょっと照れつつ、憧れを口にするロアさまが可愛い。
「いいですねえ。羊は牧羊犬に任せて、のんびり畑の手入れをしたり、毎日ピクニックしたり」
「それはいいな。春はピクニックをして、夏は水で遊び、秋は山に入り、冬は家にこもって羊毛を加工しながら、やりたいことをする。朝日で起きて、夜は星を見ながら温かいコーヒーを飲むんだ」
「息抜きがわからないと言っていたのに、随分と変わりましたね」
ロアさまは微笑んで、わたしを見つめるだけだった。
その瞳が雄弁に語っていて、どうすればいいかわからない。そっと視線をそらす。
「……ノルチェフ家に、匿名での支援があったそうです。ロアさまですよね?」
「どうして私だと?」
「なんとなく……女の勘です」
「私を思い浮かべてくれて嬉しいよ。支援は、遠慮なく受け取ればいい」
ロアさまは、はっきり自分だとは言わなかった。
こういうところがロアさまなのだ。