プレゼント
トールが泊まった翌日もたっぷり話をして、わたしの元気は満タンになった。家族の様子を聞けたことも大きい。
「母さまの容体は安定して、調子がよくなったと聞きました。薬の開発も進んでいるそうです。僕もまだ会えていないんですが、毎日元気にすごしていると聞きました。父さまは忙しさと寂しさのあまり、家に帰らなくなりました」
母さまは王城、トールは寮、わたしは雲隠れ。
誰もいない、暗い家にしょんぼり帰る父さまを想像すると、胸がぎゅっとなった。
「父さまは毎晩、母さまがいるところへ行ってますよ」
「じゃあ大丈夫ね」
ダイソンに目を付けられるか心配だけど、陛下が許可を出しているらしいから、大丈夫なんだろう。
「家に帰ると見せかけて、母さまの元へ行っているらしいです。父さまは影が薄いですから、それを誰にも気付かれていないんでしょう」
「さすが父さまだわ」
我が家の特技、特徴がないから目立たない! が、こんなところで発揮される日がくるとは思わなかった。
「ということは……わたしが第四騎士団のキッチンメイドをしていたことが、バレていない……? 父さまが見張られていたら、母さまのところへ行っているのがすぐにわかるわ。敵が狙うとしたら、動けない母さまだもの」
今度、ロアさまに聞いてみよう。
キッチンメイドをしていたことが敵にバレていないかもしれないと思うと、一気に気が抜けた。
ロアさまは大丈夫だと言ってくれたけど、やっぱり不安だった。わたしのせいで家族に何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。
「ノルチェフ家に、誰かが匿名で支援をしてくださいました。母さまは治療を受けさせてもらっているどころか、治験と称して、報酬をもらっています」
どくりと、心臓が跳ねた。
「……ロアさま」
それを指示して、お金を出しているのは、きっとロアさまだ。
なんの根拠もない、ただの勘。だけど、間違っていないと、不思議と確信をもって言えた。
「……あとで姉さまから、お礼を言っておくわね。教えてくれてありがとう、トール」
トールは唇をとがらせて、拗ねた顔をした。
「……早く大きくなって、姉さまを守れるようになりたいです」
「トールには、もう十分守ってもらっているわ」
納得のいかない顔をしているトールの鼻をつついて、お別れの準備をする。
頻繁にここへ来るのはよくないので、トールはおそらくもう来れないだろうと言われている。
そんな危険があるのに、トールを連れてきてくれたのは、みんながわたしの体調不良を申し訳なく思っているからだ。そんなことは思わなくていいのだけど、みんなの心が軽くなるのならと、プレゼントを受け取った。
「次に姉さまと会えるのは学校ですね。マリナの研究室へ毎日行きますから、姉さまも来れる時に来てくださいね」
ハグをして見送ると、一気に寂しくなってしまった。さっきまでの楽しさが嘘のようだ。
閉まったドアを眺めていると、後ろから声をかけられた。
「アリス……本当に、申し訳ありません」
振り向くと、残っているのはエドガルドとロルフだけだった。
このタイミングでこの人選、そして謝罪。
エドガルドとロルフの告白を、全員が知っていそうな状況に、ちょっとめまいがした。
「俺も、弱っているアリスに告白して体調を悪化させて……本当に、ごめんな……」
「今回の体調不良は、半分は知恵熱だったと思います」
ここでそんなことはないと言っても、ふたりは自分を責めるだろう。こんな時は、こっちから責めたほうが、ふたりの気が晴れる。
「おふたりの領地の特産品がほしい時は、遠慮なく値引きしてもらいますから」
「もちろんだ! そうしてくれ」
「それでも足りないくらいです」
「さすがにこれ以上はもらいすぎですよ」
いつもの空気にほっとして、ソファに座る。ロルフがお茶をいれてくれ、エドガルドがお菓子を出してくれた。
二人とも、ここに来てから従者っぽくなったな。手を出す暇がなかった。
お茶を飲んで喉を潤してから、話を切り出す。
「それで、告白のことですが」
こういうのは、早めに言ってしまうに限る。
「冷静になって考えてみると、二人の気持ちをもてあそんでいるようで、不誠実だと思うんです」
「僕が不誠実であることを望んだのだから、アリスは気に病まないでください」
「いいえエドガルド様、それはいけません。わたしは、お二人の気持ちに応えられないくせに、よろしくない反応をしています。なんて極悪人! 滅すべき悪女! お二人の気持ちをもてあそんでいるのと同義。幻滅したでしょう?」
「まさか」
ロルフに、握りこぶしを包み込まれた。
「……アリスは、いつも、簡単に諦めさせてくれない」
演説していたような空気が霧散して、一気に甘やかな雰囲気になる。
ど、どうして一瞬でこの空気になれるの? ロルフの特技?
「それでいいよ。振り向いてもらえるように頑張っている最中なんだから」
「ですから、わたしは」
「その先は、もう少し後にしてくれ。さすがに数日じゃ早すぎる」
「そうです。結果がどうであれ、せめて僕たちが本気だと伝える機会をいただけませんか? ほんの少しでも」
「頼むよ、アリス」
懇願されて、喉がひりつく。
「俺たちは本気で気持ちを伝えるから、よく考えて返事をしてほしい。こんな数日で、不誠実だからという理由じゃなくて。俺たちの気持ちを知り、受け止め、その上で出した答えなら、俺たちは受け入れる。だから、真剣に考えてくれないか」
沸き上がる感情をぐっと飲み込み、二人の目を見る。
告白されてから、たぶん初めて、真正面から二人を見つめた。
……わたしは、きっと、怖いのだ。恋愛に向き合うことが怖い。恋愛という、不確かですぐ変わってしまうものが自分に向けられるのが恐ろしい。
だけど、それらと向き合わなければ、それこそ不誠実だ。
「……わかりました。きちんと考えます。だから、時間をください」
頭を下げると、エドガルドが手の甲にそっと手を置いてきた。手袋をした指先だけがふれている。
「こちらこそ、真剣に考えてくださって、ありがとうございます。まずはこの程度の触れ合いからしていきましょう。この間は先走って、男性を怖がるアリスの肌に無許可に触れてしまって、すみませんでした」
ゆるく首を振って答える。
わたしへの好意が信じられないとか、ロアさまへの思いを盾にせず、きちんと考えよう。
そしてトールの試験を受けてもらおう。なにせわたしはクズと結婚した人間だ。人を見る目はないに等しいのである。