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小悪魔

 眠たいときに寝て、栄養のあるご飯と薬を毎日3回とると、わずか2日で回復した。


 疲れから来た熱だろうからと、ベッドにいるように言われているけど、正直退屈だ。寝たきりになると体力の落ち具合がすごいから、こっそり部屋を歩き回ってストレッチしたり、なんちゃってヨガをしている。

 病人は部屋から出ないようにとのお達しで、今日もクリスがご飯を持ってきてくれた。


「本日の朝食は、焼き立てハーブバタークロワッサンとショコラでございます。クロワッサン生地にハーブバターを包んで焼き上げました」

「おいしそうですね! ハーブバターって、もしかして……」

「トール様からいただきました。本日こちらに来られると、言付けを預かっております」

「ですよね……むしろ今までよく気付かれなかったくらいです」

「いえ、お気付きの様子でした。私たちが研究室に行かないと会えないので、血眼になってお探しになったようです」

「ご迷惑をおかけしました……」

「ロア様は感心しておられました。少ない情報でほぼ合っている仮説を組み立て、実行し、それらを不審に思われないようにする手腕、お見事でございました。おそらくお嬢様を相手にしか発揮されない才能が惜しいですね」

「そうですね……」


 曖昧な相槌しかうてない。

 軽い運動や読書をしながらトールを待っていると、夕方にドアがノックされた。


「姉さま、僕です。トールです。入っていいですか?」

「トール! もう来たの?」


 ベッドからおりる前に、トールが入ってきた。後ろにはロルフがいて、ちょっと体が強張ってしまう。

 あれ以来まともに会話していない。トールを連れてきてくれたお礼を言おうとしたのに、トールはさっさとドアを閉めてしまった。


「やっぱり、姉さまは熱を出していると思いました。初めて働いたのに、お休みは週に一度で、そのお休みの日も色々していたんですよね? そのままこんなことに巻き込まれて、体調を崩すのは当然です」


 トールの顔が心配で歪んでいる。子供のように髪をなでられるのが心地よくて、思わず微笑んだ。


「熱を出したのに一人では、寂しかったでしょう? 今日は僕がたくさん側にいてあげますからね! 明日は学校がお休みなので、外泊届を出してきました!」


 やけに大きな荷物を持っていると思ったら、そういうことか。


「学校の出入りは記録されているでしょう? 外泊届を出して、学校から出ないんじゃ、疑われるんじゃないの?」


 小首をかしげたトールは、あざと可愛かった。


「姉さまったら、権力は何のためにあると思っているんですか?」

「……ロアさまは知っているの?」

「手を貸してくれました」

「そう……」


 なら、わたしが言えることはない。

 この計画を知る前なら止めただろうけど、トールはもう来てしまっている。わたしの部屋にお泊りだと浮かれているトールに、帰れなんて言えなかった。むしろ、帰ったら不審に思われる。

 トールはベッドの横に椅子を引っ張ってきて、上機嫌で座った。


「ハーブバター、おいしかったですか?」

「とっても! トールが作ってくれたの?」

「マリナと作りました。最近、マリナと色々作っているんです。もっとたくさん姉さまにあげたいですから」

「ふたりは仲がいいのね」

「最初のころのマリナは、緊張してすごく挙動不審でしたけど、最近は普通に話せるようになってきました。ふたりで姉さまにあげるものを作るのは楽しいです! 姉さまはティアンネという名で過ごしているでしょう? マリナも僕も、ティアンネが学校で一番大好きなんです。マリナは、ティアンネを尊敬していますよ!」


 仲がいい女の子ができて何よりだ。

 トールの話を笑顔で聞いていると、不意に真面目な顔をされた。


「それで姉さま、何人に告白されたんですか?」

「なっ、なにを言っているの?」

「姉さまは世界一素敵な女性です! 男だらけの騎士団でキッチンメイドをして、さらにこの男まみれの生活! 姉さまに惚れない男はいません」

「さすがに言いすぎよ」

「いいえ、言いすぎじゃありません! 誰が告白してきたかは言わなくてもいいです。見当はついているので。僕が聞きたいのは、姉さまの気持ちです」

「わたしの気持ち……?」

「姉さまには幸せになってほしい。女性の幸せは結婚だけじゃないって、姉さまは言っていたじゃないですか。家のためとか思わず、姉さまの心のままに考えてほしいんです」


 ここ数日、自分の気持ちと向き合う時間は、たっぷりあった。


「……恋愛対象として見ていたんじゃないのに、嫌悪はなかったから驚いているの。でも、わたしが好きになるとしたら……」


 もう恋は芽生えているのかもしれないけど、それを認めるのは何となく怖い。

 恋愛そのものが苦手になっているのかもしれない。心当たりがありすぎる。


「……姉さまが、あんな目に遭ってしまって……男性が苦手になってしまうのは当たり前です。でも僕は、姉さまが恋愛で幸せになるのなら、応援したいです」

「トール……あなたが応援するなんて……」


 槍でも降るのでは?


「もちろん、僕の試練を受けてもらいます!」

「クリアできる人はいなさそうね」


 その言葉で、なんとなく安心した。

 父さまも母さまもトールも、わたしの気持ちを大切にしてくれる。絶対的な味方がいることは、とても心強かった。


「姉さま、今日は一緒に寝ましょうね!」


 トールと一緒に寝るのは随分と久しぶりだ。それに、この部屋に隔離しておいたほうが、ロアさま達にとっては平穏だろうな。



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