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悪あがき

 翌日のわたしは、やや不調だった。


 寝不足と考えすぎで、常に頭にもやがかかったような感覚だった。隠していたつもりだったけれど、全員にバレていたようだ。

 今日は部屋にいるように言われて頷く。


「疲れが出たのだろう。ここに来て、アリスは毎日ずっと精力的に動いてくれた。アリスの体のためにも、休んでほしい」

「すこし寝不足なだけなので、大丈夫です」


 実際は告白に驚いて寝不足なだけだから、ずる休みのようで気が引ける。


「休める時に休んでいてほしい。また急に移動することもあるかもしれない。アリスのために、ひとりは残しておく」


 ロアさまにそう言われると、頷くしかない。


「では、放課後にマリナの研究室に寄ってくださいませんか? トールへ手紙を書きます。授業の後に来たけれど、いなかったからまた来ると。体調不良のことは隠します。そうしないと、昨日再会したばかりのトールは、何とかしてわたしに会おうとすると思います」


 あのトールが、わたしに会わずにおとなしくしているとは思えない。体調不良なんて知られたらと考えるだけで恐ろしい。


「アリスの言うとおりです。おそらく、俺たちに何らかの方法で接触し、また部屋に来たいと言うでしょう」


 ロルフの言葉は的確だった。トールは、わたしのことになると、ちょっぴり暴走しがちだ。

 ロアさまが頷くと、すかさずクリスが動いた。


「便箋を持ってまいります。私が届けましょう」

「では、最初はエドガルドが残っていてくれ」


 心臓がどくりと音をたてる。

 ロアさまの決定でみんなが動き出して、朝特有の慌ただしさが部屋に満ちた。こんな中で、私的な理由で嫌だなんて言えるはずもない。


 しばらくしてエドガルド以外が出て行ってしまうと、沈黙が場を支配した。


「部屋で手紙を書きますか?」

「え? ……はい。そうします」


 エドガルドから逃げているわけではない。手紙を書いているところを見られるのは、なんとなく恥ずかしい。

 自室へ戻って、誰に読まれてもいいように、言葉を選んで手紙を書いた。

 要約すると、今日は会えなかったけどまたすぐに来るので、それまで勉学に励んでいるように、だ。

 インクを乾かした手紙を手に、部屋を出る。


「エドガルド様、手紙を見ていただけませんか? 誰が読んでも不自然ではないようにしたつもりですが、確認してほしいんです」

「わかりました。お貸しください」


 エドガルドのやや切れ長な目が、真剣に文字を追っている。


「全体的に、親しい相手に向けての手紙です。ティアンネが出したということにするのなら、もう少し事務的にするべきかと」

「どう変えるべきでしょうか?」

「そうですね……挨拶や勉学に励めという部分は削除して、次に用事があれば呼び出すと書くのはどうでしょう? 彼も事情を知っている身ですから、会える時には呼ばれると気付くのではないでしょうか。誰かに読まれてもいいようにするだけなので、実際は呼び出さずに会いに行けばいいんです」

「ありがとうございます! エドガルド様に聞きながら書いたほうがよさそうですね」


 部屋からインクとペンを持ってきて、エドガルドに相談しながら書いていく。

 少し距離が近いけど、エドガルドがいつもの空気を保っていてくれるから、わたしも何でもないように振舞える。


 手紙を書き終え、部屋に置いて戻ると、エドガルドが紅茶の瓶を持ってきていた。


「少し休憩しましょう。パイはいかがです? フロランタンもありますよ」


 エドガルドと並んでソファに座ると、さっきまでどこかで静かにしていた緊張が、また忍び寄ってきた。

 横でエドガルドがうなだれる。


「……申し訳ありません。アリスを困らせるつもりではなかったんです。まさか体調不良になるほど嫌だったなんて……」

「違います! 寝不足になってしまっただけです。……告白は、初めてだったものですから」


 今世では、という言葉が入るけど。

 真摯な告白をされたのは初めてだったから、あながち間違いでもない。


「初めてですか?」


 エドガルドの頬が薔薇色に色づいて、わたしには出せない色気のようなものが漂う。


「はい。だから……いろいろ、考え込んでしまって」

「嫌がられていないだけで、僕は嬉しいです」


 アリス、と名を呼ぶ声がする。

 砂糖をたっぷり入れて煮詰めたような、甘ったるい声。


「あなたの髪にふれる許可をください」

「あ、頭をさわられるのは、ちょっと……」

「では、毛先だけでも」


 こんなふうに懇願されるのには慣れていない。


「ご、ゴミがついていますか」


 低く笑う声がした。

 エドガルドは、ポケットから綺麗に刺繍されたハンカチを取り出した。侍従として使うために持っているものなので華やかだ。

 壊れ物を扱うように丁寧に、髪をひと房すくい取られる。髪を包んだハンカチに、エドガルドは、うやうやしく口づけた。


「これで少しでも僕の愛が伝わればいいんですが」


 ハンカチはたたまれ、愛を与えられた髪も、何もなかったように元の位置へ戻る。


「少し休みましょう。寝不足にしては顔色が悪いです」


 食器を片付けるためにキッチンへ行ってしまったエドガルドを見送る。

 顔が赤い自覚はあるけど、これはエドガルドのせいだと思う。


「……エドガルド様の悪あがきって、こういうのが続くの……?」


 心臓も体も、とても持ちそうにない。



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