一番好感度が高いのは下ごしらえくん
明日使う材料を見て、うんうんと唸りながら献立を考える。
明日は鴨肉を使えとのお達しだが、鴨はあまり食べたことがない。鴨南蛮は作れるけど、和食ばかり続くのはよくない気がする。
ドアが開く音がして、顔を出したのは、昼もひとり遅れてやってきた穏やかイケメンだった。
「お疲れ様です。おかえりなさい。今から作るので、少々お待ちください」
「まだ残っていたのか?」
「明日の献立を考えておりました。それに、今日は揚げたてが一番おいしいですから」
夕食にもひとりだけいなかった彼は、少しよれていた。騎士団の制服の裾には土埃がついていて、髪がわずかに跳ねている。
ひとりで練習していたのだろう。
ひとりぶんだけ残していたカブのサラダを出し、あたためたスープとごはんを一緒にトレイにのせる。
すっと顔を上げると、まっすぐ見つめてくる透き通った薄茶の目と視線がぶつかり、思わずかたまった。
無言の時間が流れる。
「な、にか、御用でしょうか」
「いいにおいがするな、と」
「ああ、すぐからあげが出来ます。少々お待ちください」
揚げたてのからあげが乗ったトレイを、穏やかイケメンはそっと持ち上げた。
「いまはひとりしかいませんし、わたくしが運びます」
「ひとりだけ特別扱いはよくない。目をつけられてしまう」
どうやらこの人の身分はあまり高くないらしい。わたしからすれば身分が上なのは間違いないが、この中では下なのかもしれない。
ならば、あまり手助けしないほうがいいだろう。お辞儀をしてキッチンの奥に引っ込んだが、すぐに声をかけられた。
「すごくおいしいな」
「おそれいります。揚げたてですので」
「ノルチェフ嬢は何をしている?」
「明日の献立を考えております」
「こっちに座らないか? 明日の献立を見てみたい」
お願いという名の命令を断れるわけがない。イケメンの斜め後ろに立つ。
「どうして立っているんだ?」
「わたくしはキッチンメイドですので」
「ひとりでこれだけの人数の食事を作るのは疲れただろう? さあ」
穏やかイケメンが椅子を引いた。それも、彼の隣の椅子を。
なぜ隣に!? イケメンの近くに座るの、嫌なんですけど!?
などと口に出せるわけがない。しぶしぶ、澄まし顔でちょこんと座り、穏やかイケメンに献立のメモを差し出した。
「明日もおいしそうだ。ディナーはまだ決まっていないのかい?」
「……お恥ずかしい話ですが、鴨を調理したことが少ないので、調理法に悩んでおります」
「よくコンフィやローストが出てくる」
「ありがとうございます。そのように調理いたします」
前はパサパサになってしまったが、いまは心強い味方、下ごしらえくんがいる。下ごしらえくんに任せれば間違いない。
なにしろ下ごしらえくんは、その素材に最適な下処理をしてくれるのだ。プロには及ばないけど、わたしがするよりよっぽどおいしくできる。
ふと横を見ると、穏やかイケメンのからあげはきれいになくなっていた。高い鼻がよくわかる横顔が、なんとなく物足りないと言っているような気がする。
「からあげを揚げましょうか?」
「……頼めるか」
「こんな時間まで鍛錬していたんですもの、お腹がすくのは当たり前ですわ。少々お待ちくださいませ」
自分の夜食にしようとしていたぶんを、すべて揚げて戻る。また横の椅子を引かれたので、数秒無言で抵抗したのち、諦めて座ることにした。
フォークとナイフでからあげを食べるの、ここでは常識なんだろうか。
疲れからぼんやりとしていると、穏やかイケメンは小首をかしげた。あざとく見えることもある仕草なのに、この人がすると自然と目を引くものになる。
「どうかしたのか?」
気づかぬうちにイケメンの手元を眺めていたことに気づき、ハッと焦点を戻す。ここでぼうっとしていたと謝罪されることは望んでいない空気を察し、慌てて話題を探した。
「……騎士さま方は、自室では飲酒や喫煙を許可されているのか、考えておりました」
「許している」
「ありがとうございます。疑問がとけました」
そのうち、からあげを夜食として用意しよう。お酒がないことをすごく悔しがっている人がいたし。
「食器はわたくしが下げますので、どうぞそのままに」
「それでは、これは任せよう。明日も楽しみにしているよ」
「はい。おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」
穏やかイケメンが出て行って、たっぷり1分待ち、崩れるように椅子に座り込んだ。
今日1日でだいぶイケメンに慣れたけど、やっぱり疲れる……。
前世の元夫のせいで、顔が整っていると、どうしても一番に苦手意識を持ってしまう。けれど、今日一日、誰も不快な気持ちを抱かせなかった。わたしより身分が上だろうに、威圧的にふるまうこともない。むしろ気遣ってくれた。
明日以降は、今までほど身構えることはない。かもしれない。