表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/164

ジャンル:ホラー

 今日はマリナのところへ、ハーブソルトの代金を持っていく日だ。わたしが持っているお金で支払えるのに、みんなはそれを良しとしなかった。


「みんなが食べる料理に使われる調味料なのに、アリスがひとりで支払うのはおかしいと思う」


 ロアさまの言うことは、もっともだった。逃亡生活を送る上でのお金から出すことになり、ほかの物も購入していいと言われたので、足取りも軽い。

 マリナは他にも作っているものがありそうだったから、色々と試すのが楽しみだ。


 マリナが学校に借りている一室を、アーサーがノックする。


「はぁい!」


 元気のいい声が聞こえ、勢いよくドアが開けられる。


「あんれえ、ティアンネ様! ようこそお越しくださいました! どうじょ!」


 慌てすぎて噛んでいることには触れずに、中へ入る。ハーブや香草が入り混じった、独特な香りがする。


「椅子に座ってお待ちくだせぇ! 今からお茶を淹れますだ! 今! すぐに!」

「慌てて火傷しては駄目よ」

「へえ!」

「落ち着いてね!」

「へえす!!」

「お嬢様、私が淹れてまいります」


 クリスが申し出てくれたのに、正直ほっとした。マリナの手は震えていて、さっきから「あぁっ!」「痛っ!」という声がひっきりなしに聞こえてくる。


「頼むわね」

「かしこまりました」


 クリスに促され、マリナがしょんぼりとやってくる。


「申し訳ございませんだ、おらが下手なせいで……」

「下手なのではないわ。わたくしがお前と話せるよう、代わってもらったの。待っている時間がもったいないじゃない」

「そっそれは気付きませんで! ははぁ~!」


 椅子に座っているのに平伏しようとするマリナを、慌てて止める。


「時間がもったいないと言ったじゃないの。わたくしが話すから普通にしなさい」

「へえ!」

「あなたのハーブソルト、おいしかったわ。使いきれば購入するから、そのつもりでいなさい」

「ほっ、本当だすか!?」

「ええ。他の物もあれば、ぜひ購入したいわ。それと、今日はお願いがあって来たのよ」


 アーサーに合図して、持ってきていた箱を開く。

 ふんわりと揚げ物のいい香りが漂ってきて、マリナのお腹がなった。


「フライドチキンよ。あなたのハーブソルトに、いくつかのスパイスと小麦粉を混ぜて揚げたの。これでもとてもおいしいけれど、あなたなら、もっと合うものが作れるのではなくて?」


 フライドチキンとは言っても、骨回りの肉ではなく、モモ肉で作ったものだ。骨のまわりの肉にかじりつくのがおいしいと思うんだけど、さすがにそれは出来なかった。


「食べてもいいんだすか?」

「ええ、もちろん。食べてみて」


 みんなにも好評で、もう一度作ってほしいと言われている。このままだと、夕食がラーメンとフライドチキンになってしまう。

 ジャンクなものはおいしいけれど、みんなの栄養を管理しているクリスの目が怖い。

 ラーメンの上に山盛りの野菜炒めをのせることで納得させたけど、こんな食事が続くとクリスの雷が落ちそうだ。


「おっ、おいしい! おいしいですだ!」

「でしょう?」


 色々と試しながら作ったからね。


「にんにくと……ほんのりと隠し味程度のショウガ……ブイヨン?」

「ええ、色々なものを粉末状にして、小麦粉と合わせたの」


 下ごしらえくんと調理器くんが。


「あなたは手作業でしなければならないから、こちらで粉末にした色々なものを持って来たわ。他にもほしいのなら言ってちょうだい。作ったものは、好きに売ればいいわ。もちろん、わたくしの取り分はいただくけれど」

「おら……おら、いいんだすか!? これは売れます! おら、売る才能がないんで、妹に相談することになるけど、おら……!」

「いいのよ。おいしいは正義よ。わたくしがほしいものをお前に作らせているのだから、怒ってもいいのよ」

「怒る!? まさか! ありがとうございますだ!」


 勢いよく、ぶんっと頭を下げたマリナのおさげが空を舞う。


「化粧品のほうは、気にかけてくれてる人に頼んでみますだ。その人は、お姉さんのために作りたいと言って、何度もここへ来とるんだす」

「そちらも、成果があるといいわね」

「へえ! 出来上がったら、ティアンネ様のところへ持っていきますだ!」

「……あなた、料理は出来るの?」

「人に頼みます!」


 自信満々に言うので、それ以上は聞かなかった。たぶん、マリナは料理しないほうがいい。


「では、また来るわ」

「へいっ喜んで! お待ちしとります!」


 居酒屋のような返事に頷く。新たなスパイスを購入し、部屋を後にしようとしたところで、ノックが響いた。

 アーサーがわたしの前に出る。クリスが前に出て、ドアを開けた。


「失礼いたしました。こちらが先に出てもよろしいでしょうか」

「はい。どうぞ」


 クリスの言葉に、素直に道を譲ってくれたのは、まさかのトールだった。

 心臓が、ドッッと不自然に脈打つ。


 ……ヤバい。トールだ。

 パーティ会場のどこにいても、絶対にわたしを見つけ出すトールだ。


 さすがに喋らなかったらバレないとは思う。たぶん。今はボディスーツも着ているから、いつものわたしの動きとは違うはずだ。


「お嬢様、どうぞ」


 ドアの向こうでクリスが左右を確認し、トールとわたしの間にアーサーが入ってくれている。

 ……大丈夫。大丈夫だと信じたい。


 ややぎこちなく歩き、部屋の外へ出る。前だけを見て、トールがいる反対方向へ向かう。

 後ろで、静かにドアが閉まる音がした。


「姉さま、何をしているんですか?」


 やけに落ち着いている声が、わたしの脚を停止させる。

 ちょっとしたホラーの始まりだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説3巻(電子のみ)発売中です! サンプル
コミカライズ3巻はこちら! サンプル
― 新着の感想 ―
[良い点] ヒィッ! [一言] トール君、なぜそこで足を…? てか周りの護衛はそれ眺めてただけなの?w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ