アリスのお茶会
お茶会は、キャロラインの自室で行われた。ごく私的なものは、そうすることが多いらしい。
今日は、ロアさまとクリスとレネがついていてくれる。レネがキャロラインの部屋のドアをノックすると、すぐに開けて招き入れられた。
侍女がふたりと、侍従がひとり。わたし達が使っている部屋と形は変わらないが、部屋が一回り小さい。調度品も明るいカラフルなものが多く、活発なキャロラインらしい部屋だった。
「ティアンネ様、よく来てくれたわね」
「お招きありがとう」
立ち上がって迎えてくれたキャロラインと軽くお辞儀をしあって、レネが引いてくれた椅子に座る。
「今日は楽しんでもらえるように、色々と用意したの。ティアンネ様らしい、忌憚のない意見を期待しているわ。寮にはきちんとお茶会の申請しているから、いきなりドアを開けられることはないと思うけれど、もし私のせいでそうなったらごめんなさい」
よくわからないことを言われて、反応が遅れる。
「だってほら、わたしは商家だから……貴族からすればね」
キャロラインは明るく言って、首をすくめてみせた。
貴族は王城と自分の領地以外で働くことは卑しいとされているので、商人は下に見ているのだ。商人がいないと物が買えないので、未だによくわからない思考だ。
「あら、商人の娘だったの。知らなかったわ」
「そう思っていたわ」
探るような、それでいて含みを持たせるような視線を向けられる。ここでキャロラインが求める答えを言えればいいんだろうけれど、正解がわからない。
「じゃあ、あなたはいろんな土地に行ったの?」
「ええ」
「ぜひ聞かせてほしいわ。知らない土地の話って楽しいわよね」
キャロラインは虚をつかれた顔をした。猫のような目が丸くなる。
返事を待ったけど、キャロラインは何も言わなかった。ただ、じっとわたしを見て、ぽつりと言った。
「商人の娘なのに馴れ馴れしくしていたと、糾弾されると思っていたわ」
「そうなの」
どう答えればいいかわからず、あっさりした答えになってしまった。
「あなたが商人の娘でも、貴族令嬢でも、関係ないんじゃなくて? キャロラインはキャロラインなのだし」
わたしのよく知る、令嬢である友人を思い浮かべる。わたしの友人たちは、割とアグレッシブだった。
それを思うと、キャロラインが貴族に生まれても、あまり変わらなかった気がする。
「あ、でも、お気をつけなさい。貴族令嬢に生まれたならば、お茶会では異性の話をしなくちゃいけなくってよ」
「どこのお茶会でも、異性の話しかしていないじゃない。ティアンネ様は何を話しているの?」
「お肉の話とか」
友人のひとりが無類の肉好きで、どこ産の肉をどのように調理したらおいしかった、と語るのを毎回聞いていた。
思えば、お茶会ではみんな好きなものを好き勝手に話していた。気心が知れた友人ばかりの内輪なものだから、それが許されていたのだ。
キャロラインはきょとんとしていたけど、数秒して弾けるように笑い出した。
「おっ、お肉! お肉の話って! ティアンネ様がこの学校に来た理由が、ようやくわかったわ。ティアンネ様ったら、性格が知られると結婚できないほど社交界で浮いていたのね! 全然話さなかったのも、その性格が露見するからでしょう?」
……そういうことにしておこう。
すまし顔をしていると、キャロラインは勝手にひとりで納得して、目じりをぬぐった。
「はぁ、久しぶりにこんなに笑ったわ。ティアンネ様ってば、とても面白いのね。私ばかり楽しくなって悪いわ。ティアンネ様も、どうぞ楽しんで」
ティーポットからお茶が注がれた。白と金で彩られた上品なテーブルクロスの上には、鮮やかな花と、たくさんのお菓子が並べられている。
「では、遠慮なくいただくわ」
そうは言ったものの、お菓子はどれも繊細で綺麗すぎる。食べる特訓が活かせないものばかりだ。
視線をやると、ロアさまが動いた。一口大の大きさの薄いパイ生地の上に、花のように薔薇色のクリームが絞り出されているお菓子を、お皿に取る。
ロアさまは跪き、音を立てずにお菓子を切り分けた。
「どうぞ、お嬢様」
当然という態度で口を開けると、ゆるやかな動きでフォークが唇に届いた。
「……おいしいわ」
サクッとした生地に、後味にわずかな酸味が残る、軽やかなクリーム。思わずこぼれた素直な言葉に、キャロラインは笑みを深めた。
「でしょう? 私の侍従が作ったの」
「そうなの。素晴らしいパティシエね」
「……やっぱり、ティアンネ様は変わっておられるわ。一緒にいるには、並大抵の男じゃ無理でしょうね」
差し出されたお菓子を食べながら、合間にお茶を飲ませてもらう。キャロラインは自分で食べているので恥ずかしいけど、ここでカトラリーをガチャガチャ言わせるよりはマシだ。
「キャロラインこそ、お相手はいらっしゃるの?」
「いないのよ。私、噂話が好きでしょう? みんな何かあると私に話を聞きたがるのに、日頃は近付きたがらないの。きっと、後ろめたいことがあるのでしょうね。そろそろ貴族と結婚してつながりを持ちたいのだけれど、こんな性格だし商家だしで、お相手がなかなか見つからないのよ」
「焦って結婚するとよくないわ。反対される結婚もね」
本当にね! やめたほうがいいよ!
「それまで、情報屋でもしていればいいんじゃない? 結婚相手も探せるし、ちょうどいいじゃないの」
「情報屋?」
キャロラインは首をかしげた。
「噂話を集めて、裏を取って、売るのよ。あなたは、学校で噂を集める。あるいは、あらゆるところに人を潜り込ませて、情報を得る。それを欲する人に、対価としてキャロラインが望む情報かお金をもらえば、まさに互恵関係。実家が商家なら、いろんなところで噂を集められるし、ぴったりじゃないの」
「でも……私は女だわ」
「お飾りの男を、情報屋のトップに立たせればいいわよ。みんなが苦労して突き止めた情報屋の責任者が実は虚像で、実際は裏であなたが取り仕切っているの。格好いいじゃない!」
「……そう。そうね」
はっきりしたキャロラインらしくない、曖昧な笑みを浮かべて、彼女はティーカップを置いた。
「……一度、ゆっくり考えてみるわ」