ふたつめの鍵
「この部屋を学校に貸してもらって、研究をしとりますです!」
女の子が案内してくれたのは、一階の入口から一番遠い部屋だった。今は使われていないであろうその部屋には、いろんなものが置いてあった。
壁には、たくさんの乾燥中のハーブが吊るされている。棚には、中身が入った手のひらに乗るサイズの瓶が並べられていた。全部にラベルが貼られ、丁寧に扱われているのが伝わってくる。
アーサーが椅子にハンカチをかけてくれ、エスコートされながら座った。
「私物の持ち運びコンロを持ってきてますんで、いま淹れますだです!」
「怒らないから、普通に話しなさい。お前は……」
そういえば、自己紹介してない。
「わたくしはティアンネよ。お前は?」
「もっ申し遅れました! マリナと名付けられております!」
「普通に話しなさいと言ったはずよ」
「もっわっ、わかりました!」
怯えながら、勢いよく頭を下げられた。おさげが鞭のようにしなり、エドガルドのお腹に直撃した。
アーサーとロアさまが、笑いをこらえる顔をした。驚くエドガルドには悪いが、わたしも笑わないように腹筋に力を込めている。
ちょっと顔を赤らめたエドガルドが、こほんと咳をして前へ出た。
「失礼。あなたを疑っているわけではありませんが、作るところを見させていただきます」
「どうぞ! ティアンネ様は苦手なものなどありますか?」
「特にないわ」
「少々お待ちください!」
マリナはお湯を沸かしながら、ティーポットにハーブを入れてブレンドしていく。淀みのない手つきだ。ハーブティーを淹れることに慣れているのだろう。
しばらくして出てきたお茶を、エドガルドが手に取る。
「お嬢様、失礼いたします」
エドガルドが一口お茶を飲む。口をつけたところが、黒い手袋をつけた手でぬぐわれた。ティーカップがくるりと回され、エドガルドが口をつけたのと反対のところが差し出された。
「どうぞ、お嬢様」
一瞬、飲むのを躊躇してしまった。
こういうこともあると聞いていたし、飲食の世話をされる練習は何度もした。それなのに、いつまでたっても恥ずかしさだけは消えない。
動かないことを不自然に思われる前に、ティーカップに口をつける。
「おいしいわ……」
爽やかな味に、ちょっぴりの酸味。後味がすっきりしていて、とても飲みやすい。
オレンジやレモンのような香りもすがすがしくて、何度も嗅ぎたくなる香りだ。
「お前、やるじゃないの」
「ありがとうございます!」
「ほかにも何か研究しているんじゃなくて?」
乾燥したニンニクや岩塩などを入れた瓶に目を向ける。ハーブティーだけじゃなくて、食べ物に関しても研究しているはずだ。
「そうなんだす! 肉や魚に合うハーブソルトを作ったり、化粧水にしようとしとるんですが、なかなかうまくいかなくて……特に肌は人によって違うけ、かぶれたりなぁ……。肌に関しても悩みが人によって違うでな、肌荒れと毛穴だったらまた違うもんブレンドしたりして」
「化粧は深く、底のない世界よ。アロエとヘチマは試したの?」
「まだだす! 試してみますだ!」
前世でも、アロエの化粧水とかヘチマ水とか、よく聞いていたからね。
「ありがとうございます、ティアンネ様! ハーブティーをうまいって言ってくれた上にアドバイスまで……! おら、こんな口調だし田舎者で、たまに気にかけてくれる人以外、だんれも喋ってくれなくて……」
「お前、何をしに学校へ来たの?」
王都から離れて自分の領地を持っている下級貴族は、学校へ来ないこともよくある。マリナは女性だし、田舎から出て学校へ通うことには反発もあったはずだ。
「おらの家は子供が全員女なもんで、長女のおらが跡継ぎになる予定なんだす。だけどおら、領地の経営よりも、領地で育ててるハーブや野菜の研究のほうが好きだ。家族みんなでお金を貯めて、おらが好きな研究が出来るように、運が良ければ誰かに見初めてもらえるように、学校へ行かせてくれた。だけどおら……ひとりで……」
向かいの席で俯くマリナに、手を伸ばしてふれる。肩を何度か労わるように優しく叩いた。
「あなたのハーブソルト、いただくわ」
おいしかったら、わたしが店を持った時に定期的に仕入れたい。
「ありがとうございます。でも、同情は……」
「同情じゃない。おいしくなかったら、もう購入しないもの」
ゆるゆると顔を上げたマリナの目が揺らぐ。
「あなたのハーブソルトとハーブティーを買うわ。そして、口に合わなかったり飽きたら、もう買わない」
厳しいことを伝えたのに、マリナは笑った。
「へえ、ありがとうございます! おら、それがいいです!」
「人間は食べたもので出来ている。だからお前の、飲食で体を健康にする試みは、いいものだわ。お金はすぐに支払うから」
さすがに、わたしのポケットマネーから支払おう。お金は持ち歩いていないから、あとで届けてもらわなきゃ。
「お金は急がないんで、よければ、食べた感想を聞かせてもらえないだすか?」
「明日は予定があるから、明後日に支払うわ。その時に教えてあげる」
「はい!」
その後、何度もお礼を言って見送りをしてくれたマリナと別れ、女子寮へと帰った。
部屋に入ってから、みんなに頭を下げる。
「ワガママを止めないでくれて、ありがとうございます! わたしのお金で払いますので!」
「アリスがあれだけ熱心なのは珍しいからね。それだけハーブティーがおいしかったのだろう」
優しく肯定してくれるロアさまに、じーんとする。
「とてもおいしかったです。それに、部屋にいろんな食材がありました。組み合わせを研究しているんだと思います。マリナの力があれば、ラーメンがもっとおいしくなるはずです」
エドガルドの目がきらりと光った。
「僕とロルフの領地でもハーブを育てています。家の役に立つと思いましたが、そうですか……ラーメンがもっとおいしく」
「一言にラーメンといっても、たくさんの味がありますからね」
「そうなんですか!?」
「皆さんが食べたのは醤油ラーメンです。塩に味噌、豚骨つけ麺サンラータン麺、鶏白湯、タンタンメン……さらにこれらをブレンドをしたり」
「そんなに種類が……」
エドガルドの喉が、ごくりと鳴る。
「調理器くんがいるので、作るのも楽なはずです。彼女から購入したものが、きっとおいしくしてくれますよ」
その日の夜ごはんは、醤油ラーメンと、ハーブソルトを使った料理の数々だった。肉や魚にまぶし、焼いたり蒸したりして、みんなで感想を言い合いながら食べる。
どれもおいしくて、マリナの腕は確かだという結論になった。
そしてとうとう、お茶会の日になった。どれだけ情報を手に入れられるか、ほかのご令嬢がいるお茶会にも誘ってもらえそうかなど、このお茶会は重要だ。
ふんっと気合いを入れようとしたら、ボディスーツに止められた。
このあともう一話更新します。